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(166)御髪神社(京都市右京区)

理容の祖 たたえる
「髪結いの開祖」とされる藤原采女亮政之をまつる「御髪神社」(京都市右京区嵯峨小倉山田淵山町)
 「髪の神社があるなんて、初めて知りました」。長崎県から研修旅行に訪れた理美容師の専門学校生がしげしげと神社を眺めていた。玉垣には、寄進した大手のかつらや育毛のメーカーの名前も見られる。御髪(みかみ)神社は日本で最初に髪結いを職業とした藤原采女亮(うねめすけ)政之をまつり、髪や頭にかかわる職業の人たちの参拝も多い。
 政之が「理容の開祖」となったのは、鎌倉時代中期に亀山天皇の宝物警護にあたっていた父の基晴が大切な宝刀「九王丸」を紛失したのがきっかけだという。責任を感じ、基晴は三男の正之を伴って宝刀探索のため諸国行脚の旅に出発。蒙古襲来に備え武士が集まっているとにらんで山口県下関市で居を構え、政之はそこで生計を支えるために髪結いを始めた。
 当時、髪結いは自分か家人の手で行っていたが、政之は、朝鮮半島からやって来た人から技術を学び、武士らを相手にした髪結所を始めた。基晴が死去した一二八一年、政之は鎌倉に移り、髪結いの技術が評価され、一三三五年に亡くなるまで幕府で重宝されたという。
 御髪神社は一九六一年、京都市の理美容業界関係者らが政之の功績をたたえ、基晴に縁のある亀山天皇の御陵近くに髪を収める髪塚を設けて、創建された。その後、業界関係者らが社殿を建立し、境内を整備していった。
 神社には、たくさんの絵馬が奉納されている。「国家試験に受かりますように」、「美しい髪になりますように」といった願い事に劣らず多いのは「髪がふさふさになりますように」。
 「最近は若い子が髪を心配してお守りを買って帰ることが多いんですよ」と生嶌澄夫宮司(七七)は苦笑するが、参拝した後、かつらがいらないようになり、毎年髪を奉納しに来る人もいるとか。心の問題によって脱毛している人には、「一生懸命お参りしなさい」と励ますという。
 生嶌宮司は「髪の毛は年をとれば、だんだんと細くなっていくもの。薄くなるのは早いか遅いかだけの違いです。あまり気にせず、髪と自分自身を大切にしてほしい」と話していた。
【メモ】「床屋」は、藤原采女亮政之が下関で床の間に大きな祭壇を設けたことが由来といわれ、昭和の初めごろまで、理美容業者たちは、政之の冥福を祈り、毎月、命日の17日を定休日にしたという。御髪神社は、年2回の業祖神奉祭と髪供養を行っている。

【2007年10月11日掲載】

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