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(172)千妻の大杉(南丹市園部町千妻)

地域を見守り続け
立ち枯れの危機を乗り越えて、千妻の人々を見守り続けてきた大杉(南丹市園部町)
 圧倒的な樹勢。天をつかむように広がる枝。高さ約三十メートル、巨大な幹は途中で分かれながら空に向かって伸び、ひび割れた樹皮が刻んだ歳月を感じさせる。南丹市園部町千妻(せんづま)地区、小さな山里の鎮守、朝倉神社の社殿裏に、樹齢四百年以上の巨木が園部の町を見守るようにそびえ立っている。
 社務所に保管されている「奉買請御帳木之事」と題する買請(かいうけ)証文から、江戸時代に千妻村の人が大杉を買った経緯を知ることができる。天保十(一八三九)年、村人は神木にするために十両二分で境内の杉を買い取ることを園部藩に願い出た。手付金は二両。残りは間違いなく納めると訴えた。一方、藩の山方奉行はちゃんと金を納めないと藩の管理にすることを村人に確認している。
 南丹市立文化博物館の犬持雅哉学芸員によると、現代の物価と単純に比較できないが、当時は一人暮らしなら三両で一年間生活できたといい、小さな村には安くない買い物だった。「村を一つにまとめる象徴的なものが必要だったのだろう。神木を祭りたいという熱い思い、神への畏怖(いふ)の強さが感じられる」と話す。
 興味深い数字がこの文書に記録されている。当時の幹回りは「一丈五尺二寸」、つまり約四・六メートルだった。現在は約十メートル。百七十年間でほぼ二倍になった計算になる。江戸時代の幹回りの計測値が残っている例は珍しく、大木の成長の跡をうかがうことができる。
 神木の杉としては府内で最大級。府の天然記念物に指定され、「京都の自然200選」に選ばれた。全国の観光客が訪れるようになったが、千妻の人には今も子どもが鬼ごっこに興じる「おおすぎさん」のままだ。
 氏子総代の山内明さん(54)は「子どものころは木の下から見上げると葉が生い茂って空が見えんかった。今はまばらに見える。少し木が弱ってきたのかな」と言う。幾度となく襲った落雷や台風。四十年ほど前には火事に見舞われた。木が高すぎて、ポンプの水では届かない。千妻の住民は隣の木に登り、必死で水をかけ続けた。
 「雷がおおすぎさんに落ちてわしらを守ってくれた」「千妻といえば、おおすぎさんや」。古老に尋ねると、共に年月を重ねた友達を自慢するように誇らしげに語ってくれた。
【メモ】千妻の大杉がある朝倉神社は南丹市園部町千妻岡崎。京都縦貫自動車道園部インターを下り、府道を南丹市日吉町方面に向かい、すぐに右折、横尾川の橋を渡ると千妻の集落に入る。大杉は近くを走るJR山陰線の電車の車窓からも見ることができる。

【2007年10月23日掲載】

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