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(176)ぬりこべ地蔵(京都市伏見区)

歯痛平癒に御利益
「ぬりこべ地蔵」に健康を願う参拝者。地蔵の前の石に触った手で患部をさすると御利益があるという(京都市伏見区)
 「京都市伏見区 ぬりこべ地蔵様」。このあて名でも、郵便物が届く有名人だ。高さ約一メートルの地蔵菩薩(ぼさつ)の石像が安置されているお堂(同区深草石峰寺山町)には、「左上奥歯」などと患部を記し、歯痛の平癒を祈るはがきや手紙が山積みされている。中には、年賀状や選挙の当選を祈願する封書もあった。
 もちろん、国内各地から多くの人が訪れる。直接来られない人がはがきや手紙を送る。五十年近く、地蔵に花を供え、掃除をしているという木村千鶴子さん(83)は「外国の人にも御利益があるのか、最近はアジアや欧米からもお参りに来る。台湾からの手紙もあった」と笑う。
 「ぬりこべ地蔵」。この少し変わった名前の由来を地元の古老に聞くと、地蔵が土で塗り込めた壁のお堂に祭られていたため、「塗り込め」から変化したのだという。さらに、この「塗り込め」を病気を「封じ込める」という意味にとらえて、歯痛や病気に御利益のある地蔵尊として信仰が広まった、という。
 毎日のように市民や観光客が参る地蔵だが、実は、明治三(一八七〇)年の深草村絵図には違った場所に記されている。現在の京都府警察学校の辺りに「ヌリコヘ 墓」とあり、その後、移転されたことが分かる。
 この移転には、深草の地にやってきた旧陸軍第十六師団が関係しているという。明治末期から、一帯には軍関係の施設が立ち並んだ。警察学校がある場所に兵器庫を造るため、地蔵は「立ち退き」を迫られた。その際、地蔵を現在の場所に運んだ村人の一人が、木村さんの義父である故木村藤太郎さんだ。藤太郎さんの信仰は厚く、以後、木村家の人たちが世話を続けているという。
 また、地蔵の来歴について、近くの摂取院の松葉昌典副住職(47)は地域の言い伝えや古文書から、「稲荷山の奥にあった浄土宗寺院のお地蔵様が、明治維新で巻き起こった廃仏棄釈の難を逃れて、(現在は警察学校がある)同じ宗派の摂取院の墓地に移されてきたのでは」と推測する。
 信仰を集める「ぬりこべ地蔵」の魅力は、時代の荒波を生き抜いてきたたくましさにあるのかも知れない。
【メモ】伏見稲荷と、五百羅漢石仏で知られる石峰寺の間の墓地にある。JR稲荷駅から徒歩約5分。歯に限らず、体の痛みや病気の治癒を願う人も多い。地蔵の前の石を触り、その手で患部をさすると御利益があるとされる。歯痛が治った人はお堂の格子にお礼の塗りばしを結びつける。6月4日の「虫歯予防デー」には毎年、深草稲荷保勝会が法要を営み、参列者に歯ブラシを配る。

【2007年10月30日掲載】

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