京都新聞TOP > 観光アーカイブ >ふるさと昔語り
インデックス

(177)一個石(八幡市)

国案じ お百度参り
元冦の時に、民衆が参ったという石清水八幡宮の一個石(八幡市八幡高坊)
 石清水八幡宮の三ノ鳥居から本宮に向け、整然と並んだ石畳の参道が延びる。道の両脇は無数の石灯籠(いしとうろう)が立ち並び、頭上にはクスノキが、秋風に枝葉を揺らせる。鳥居から参道を数歩進むと、ほかと形の異なる石が一つ、はめこまれているのが目に留まる。通称「一個石(ひとついし)」、別名を「亀石」「お百度石」とも呼ぶ。
 参道の敷石からわずかに盛り上がった一個石は、横約九十センチ、縦約六十センチ。亀石の名の通り、亀の甲羅のような形にも見える。傍らに立つ三ノ鳥居は数度の台風で倒壊し一九六二年に再建されたものだが、石は古く、鎌倉時代の元寇(げんこう)にまつわる伝承を残す。
 一二七四年の文永の役、一二八一年の弘安の役のころ、国を案じた民衆が同八幡宮でこぞってお百度を踏んだ。その際に起点となったのが参道の一個石で、「お百度石」の由来はこれによるという。
 文書「石清水考古録」には「古千度参りと云事あり、(中略)古の千度参は、此一ッ石の處まて下りてカヘリマヲシをなして、又御神前に参り、又此處へ下り其数を算へて御千度御百度と称す、弘安蒙古賊兵寇来る時、朝廷より道俗千度参を仰出さるる」という記述が残る。
 一個石から本宮までの距離は約百三十メートル。元寇の折り、石灯籠の明かりを頼りに、人々はただ一心に夜の闇の参道を黙々と歩んだのだろう。「厄よけの八幡さん」らしい逸話である。
 時代とともにお百度参りの形も変わり、江戸時代には本宮の周囲を回り、竹ぐしなどで回数を数えるようになったという。
 同八幡宮の権禰宜(ごんねぎ)辻賢一さんは「お百度参りの参道としては国内最長級ともいわれる。元寇の伝承は、正確な資料としては残っていないが、民間の八幡宮信仰がうかがえる興味深いエピソード」と話す。
 近年も時々、お百度を踏みに、夜に訪れる参拝客があるという。「夜に参道を歩く足音を何度か聞きました。ただ、お百度は人に見られてはいけないので、実際に姿を見たことはないですが…」と辻さん。
 天災人災問わず、災いはいつの時代も民衆の身に降りかかる。厄よけを祈る人々の切なる願いは、今も石に宿っている。
【メモ】石清水八幡宮へは、京阪八幡市駅から男山ケーブルに乗り換え、男山山上駅で下車。三ノ鳥居、一個石は境内南側に位置する。参道奥に本宮を望む鳥居は、人気の撮影スポット。2009年の鎮座1150年に合わせた修復工事中で、本殿の屋根は真新しい桧皮(ひわだ)ぶきに生まれ変わった。

【2007年10月31日掲載】

各ページの記事・写真は転用を禁じます。著作権は京都新聞社に帰属します
ネットワーク上の著作権について 新聞・通信社が発信する情報をご利用の皆様に(日本新聞協会)
電子メディアおよび関連事業における個人情報の取り扱いについて
京都新聞TOPへ