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(185)小町通(京都市上京区)

謡曲で伝説が残る
小野小町の名前を記す石碑が残る(京都市上京区小町通一条上ル)
 新旧の民家が立ち並ぶ「小町通」。南北に延びる細い私道で、長さ百メートル弱という短さにもかかわらず名前が付いているのは、謡曲にもなった伝説が残るためだという。
 平安時代、ともに六歌仙の一人とされた小野小町と大伴黒主が歌合わせをすることになった。小町の名声をねたむ黒主は本番前夜、小町邸で歌を盗み聞き、万葉集が記された草紙に書き加えた。
 そして当日。黒主は草紙を見せて小町の歌を「盗作だ」と批判する。しかし、計略を見抜いた小町は草紙を井戸で洗った。すると、加筆された部分が洗い流され、小町は身の潔白を証明できた。
 小町通の南端、一条通との北西角には高さ約五十センチの石碑が立つ。側面に「小町通」「小野小町雙紙(そうし)洗水遺跡」と刻まれ、伝説を今に伝える。
 紙を洗った水は京の名水の一つ「清和水」とされるが、井戸の正確な場所を知る人は少ない。
 「一条通は昔、川でした。ここら一帯は掘れば水が出て、うちの裏にも井戸がありました」と話すのは近くの印刷業永田耕蔵さん(58)。ただ、小町が使った井戸かどうか、確かなことは分からないという。
 訪ね歩くうちに「うちかも」という人が現れた。小町通の画家木崎秀一さん(75)。四十年ほど前に家を買い、改装時に近所のお年寄りから話を聞いたという。
 「大きさは四メートル四方で、下に降りる階段があり、子どもが落ちるから埋めたという話を聞いた気がします。一九三〇年ごろに家が建つ前、井戸は二メートルほどうちの敷地に入っていたらしいです」と教えてくれた。
 井戸があったらしい場所は今、風呂場になっている。「最近はインターネットに載っているらしく、よく人が訪ねてきますが、何もないので…」と困惑顔だった。
 伝説は謡曲「草紙洗小町」として知られ、近くの一条戻橋も謡曲の舞台となっており、訪れる人は少なくないという。
 一帯には小町の邸宅やゆかりの塔もあったとされる。「邸宅があったと聞き、小学校で百人一首を習う時は小町が知り合いのように感じました」と近くの立花美智子さん(59)。真偽は定かでなくても、小さな通りが地域の誇りや愛着につながっていた。
【メモ】小町通は、京都市上京区東堀川通一条を東に50メートルほどの場所から北に延びる。京都市バスでは「一条戻り橋」下車。小町通の石碑の近くには、宮本武蔵との決闘で有名な吉岡一門の道場にあったとされる「一条下り松」の跡を示す石碑も立っている。

【2007年11月15日掲載】

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