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(204)水神神社(福知山市)

浦嶋伝説のある沼
浦嶋伝説が伝わる「お沼」。昨年10月、堤防工事に伴い、境内北側から移築された。後方は水神神社(福知山市戸田)
 福知山市の由良川沿いに広がる戸田地区にある水神(すいじん)(浦嶋)神社わきに、玉垣に囲まれた長さ五メートル、幅二・五メートルの「沼」がある。住民は親しみを込めて「お沼(ぬう)」と呼んで守ってきた。
 五百数十年前、沼のほとりの大木に、なぜか毎晩明かりがともり、村は大騒ぎになった。
 そのころ、近くの川北地区に住む福寿院という山伏の夢枕に浦嶋太郎が現れ、「竜宮城から戸田村の沼に続く白岩がある。乙姫から『願い事はそこから知らせなさい』と告げられた」と話した。
 福寿院は戸田に出向いてその話をすると、村人から「明かりがともる不思議な沼がある」と聞き、足を運んだ。ところが白岩は見つからず、思わず沼に手を触れると空が曇り、日照りに悩む村に大粒の雨が降り出した。
 福寿院の隣には赤子をもつ夫婦が住んでいたが、母親の乳の出が悪く、毎晩激しく泣いた。浦嶋は再び福寿院の夢枕に立ち、「お沼の水でおかゆを炊いて食べるがいい」と話した。その通りにすると乳があふれ出て、おなかいっぱい吸った赤子はぐっすり眠り、話を聞いた人々が願掛けに訪れるようになった。
 村人たちは福寿院の助言を受け、沼のほとりに浦嶋をまつる神社を建て、日照りが続くと神社のほとりのお沼にやってきて雨ごいをした。その名残の行事は明治中ごろまで続いたという。同地区の内田禎さん(77)は「雨ごいでは沼の水を外にくみ出したが、干上がらないように天から雨が降ると聞いた」と話す。
 一九六〇年代までは農耕に牛が使われていた。杉山伸一さん(76)は「疫病がはやっても戸田の牛は健康で、ほかの地域から病気の牛がお参りし、境内のクマザサを食べたら回復した、と父から聞いた」と懐かしむ。
 戸田地区は長年、洪水に悩まされた。二〇〇二年、由良川改修事業でお沼が堤防用地となり、住民は「命が大切か、沼を守るべきか」と議論を重ねた。消滅も心配されたが、お沼を移転することが決まり、昨年十月に新しいお沼が誕生した。
 神社総代の杉山良明さん(72)は「子どものころ、川で亀を見つけると、腹に願い事を書いてお沼に放した。住民にとっては心のよりどころ。後世に語り継ぎ、大切に守り続けたい」と、お沼を見つめた。
【メモ】JR山陰線石原駅の北約1キロ、福知山市街地からは中丹広域農道を綾部方向に約5キロの府公営企業管理事務所そばに位置する。境内には6基の常夜灯があり、戸田地区の各世帯が毎晩、持ち回りで明かりをともし続けている。

【2008年1月17日掲載】

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