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(206)日限地蔵(京都市東山区)

日数を限って祈願
日数を限って願いをかける日限地蔵(京都市東山区・安祥院)
 観光客でにぎわう京都市東山区の五条坂。その途中にある安祥院は、通称「日限(ひぎり)さん」と呼ばれる。境内の西側に立つ地蔵堂に「日限地蔵」が安置され、日を限って願い事をすると開運、厄よけ、安産など諸願がかなうと伝わる。
 高さ二・六メートルの金銅製で、おだやかな表情を見せる。地蔵の背面には、安祥院をこの地に建立した正禅上人が一七三〇(享保十五)年に作った、と刻まれている。同寺の所蔵文書には、いきさつが記されている。
 一七二八(享保十三)年、霊元法皇の女官が病気で亡くなった時、正禅上人が供養した。その後、法皇は上人から地蔵建立の願いがあることを聞き、白銀や鏡を寄進し、それが基で地蔵ができたという。
 いつから、なぜ日限地蔵と親しまれるようになったのか。加藤泰雅住職(56)は「定かではないですが、明治前期に亡くなった住職のころに、名前が広まったのではないかと聞いています」と語る。
 地蔵堂の壁には「謝恩」と題した額が掛かる。一九二八(昭和三)年に夫婦とみられる京都市内の二人が、娘だろうか、十三歳の女性の病気治癒を感謝したものだ。
 内容は「○○は六年間にわたり、骨折によってうみが出る難病を患い、人為のすべてを尽くしても治せなかった。昭和三年四月に日限地蔵に『本年中に治癒してください』と祈願すると、不思議なことにその年の十月十五日にうみが出るのが止まった」という意味だ。
 同寺によると、願いごとで限る日数は特に定められておらず、願う人が決めるという。寺で祈願を受け付けて住職が代わりに念じることもある。加藤住職は約二十年間にわたり、参拝者の願いや悩みを聞いてきた。「内容は昔から変わらず健康や恋愛などが多いが、時代を反映してか、近年は人間関係のトラブルも増えている」と打ち明ける。
 「人には努力で動かしがたいことがある。その時には、お地蔵さんの後押しを願うしかない」と加藤住職。地蔵堂にいくつも飾られたお礼のよだれ掛けや提灯が、地蔵への信仰のあつさを今に伝えている。
【メモ】浄土宗の安祥院は、京都市東山区五条通東大路東入ル遊行前町560。TEL075(561)0655。市バスの「五条坂」停留所から徒歩5分。正禅上人は草根木皮を常食とする難行を行い、安祥院の本尊の阿弥陀(あみだ)如来像を含む「洛陽六阿弥陀巡拝」を創設した。境内にある高さ10メートルの山桜は京都市の保存樹に指定されている。

【2008年1月22日掲載】