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(210)冠者殿社(京都市下京区)

誓文や商売の神様
八坂神社御旅所の隣にひっそりと立つ冠者殿社。毎年10月20日は誓文払いでにぎわう(京都市下京区四条通寺町東入ル)
 歳末大安売りの起源は京都にあるという。西日本を中心に「誓文払い」とも呼ばれるが、京都市下京区四条通寺町東入ルの八坂神社御旅所に隣接する冠者殿社(かんじゃでんしゃ)がそのルーツだ。
 同社は八坂神社の境外末社で、祭神はスサノオノミコト。姉のアマテラスオオミカミと誓約を交わしたという神話から、誓文の神様として祭られている。一方で地元では、平安時代末期、源義経を襲い、返り討ちにあった土佐坊昌俊の霊を祭ったとも伝わる。
 源頼朝の命を受けた土佐坊は一一八五(文治元)年、六条堀川に滞在していた義経の夜襲を計画したが発覚、武蔵坊弁慶に捕まってしまった。土佐坊は暗殺の意思が無いと誓紙に書いたが、その日のうちに誓いを破り夜討ちをかけた。しかし暗殺は失敗、土佐坊は処刑された。
 誓文の神様と、誓いを破った土佐坊の双方が祭られ、近世以後は契約にかかわりが深い商人から信仰を集めるようになったという。八坂神社の橋本正明権禰宜(49)は「昔の社会通念では、商売上の駆け引きで契約を破ったり、安い品を高く売り利益を得ることに罪の意識を感じていた」と説明する。
 毎年十月二十日の同社祭日には多くの商人が参拝し、その罪の意識をお払いする。参拝後に大安売りを行い、神事の誓文払いがそのまま年末の大安売りの代名詞となり全国に広がった。同社の誓文払いは戦前までは盛大だったが、戦後の混乱で廃れ、八坂神社が神事だけを行っていた。
 最近、復活に向けた取り組みが始まった。同社のある御旅町の長田光彦町内会長(62)は約二十年前に誓文や商売の神様と知り、「粗末にはできない」と一九九四年から月一度の掃除を始めた。参加者は徐々に増え、二〇〇〇年からは「誓文払いを復活させよう」と大安売りの代わりに、振る舞い酒と福引も始めた。同町内会役員の大澤嘉通さん(66)は「お客さんだけでなく、商売ができることを感謝している」と話す。
 昨年から産地や原材料、賞味期限の改ざん、再生紙の古紙配合率偽装など、商人のモラルが問われている。長田会長は「神様は見ているんだね。商人の心意気だけは忘れてはいけない」。冠者殿社に手を合わせた。
【メモ】八坂神社の社殿のひとつで烏丸通高辻の八坂神社大政所御旅所にあったが、1592(文禄元)年に豊臣秀吉の命令で万寿寺通高倉に移転した後、現在の地に社を移した。幕末期には、馴染み客をつなぎ止めるために偽の恋文をしたためた祇園の遊女が、ここで偽りの恋心を払ったという。参拝は自由。

【2008年1月29日掲載】

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