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(218)人魚伝説(東近江市)

小姓姿で寺に通う
「人魚園」にある人魚像。美しい女性の姿をしている(東近江市蒲生寺町)
 「近江国、蒲生河に物有り、其(そ)の形人の如し」。日本書紀には、六一九(推古天皇二十七)年の項にこう記されている。日本最初の人魚の登場例とされる。
 この故事を受けてか、東近江市の蒲生地区周辺には人魚にまつわる話が数多く伝わっている。
 願成寺(川合町)もその一つだ。昔、寺の末庵に美しい尼僧がいた。心の優しい人で、誰もが好意を持っていたが、いつからか小姓が彼女のもとに毎日通うようになった。小姓の素性について不思議に思った寺武士がこっそりと後をつけたところ、佐久良川のふちで消えた。驚いて村人と投げ網で捕らえてみると、それは男の人魚の姿だったという。
 この人魚はミイラにされ、大名や豪商の手に渡った後、故郷に帰そうということからか、いつしか寺に帰ってきた。
 こんな伝説を住職の松尾徹裕さん(46)が教えてくれた。ミイラは非公開で、今は寺で静かに眠っているという。
 この人魚は三兄弟だとも伝わる。うち一体は蒲生川をさかのぼった日野町小野で捕まったといい、もう一体は和歌山県橋本市の刈萱堂(かるかやどう)にミイラとなり伝わっている。
 これを縁に、二〇〇〇年十一月には新潟県大潟町(現・上越市)や福井県小浜市など人魚伝説がある市町と、旧蒲生町で「人魚サミット」が開かれた。
 人魚といえば美しい女性を連想する。だが、これらの地に伝わるミイラの多くは、大きく開けた口から牙のような歯をのぞかせ、何かを叫ぶかのような恐ろしい姿をしている。
 橋本市のミイラは見ると若返るとされる。人魚の肉を食べた尼が若い姿のまま何百年も生きたという若狭地方の八百比丘尼(やおびくに)伝説を思い起こさせる。
 人魚が住んでいたという「小姓が淵(ふち)」は、同市蒲生寺町にある。ススキが茂る川岸から見てみると、さわさわと絶え間ない佐久良川の流れだけが見える。近くの公園「人魚園」に立ち寄ってみると、伝説を記した石碑と人魚の像があった。
 周辺には豊かな自然が多く残る。今でもどこかで人魚たちが元気よく泳いでいるのかもしれない。
【メモ】願成寺には、1736年ごろ、強盗が押し入って当時の住職を切りつけたところ、その代わりに刀傷を受けたという秘仏「身代わり観音」も伝わっている。小姓が淵、人魚園には名神高速道路八日市インターチェンジから車で約30分、近江鉄道朝日大塚駅から徒歩約30分。

【2008年2月14日掲載】

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