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(230)ねたみの絵馬(京都市伏見区)

浮世の男女 戒めか
月夜に照らされた御香宮神社の拝殿(京都市伏見区)
 京都市伏見区の御香宮神社の絵馬堂には、百枚を超す大小さまざまな絵馬の額が掛かる。女性のねたみにちなんだ物語を生んだ絵馬が、約五百年前にあったとされる。
 御香宮の拝殿で、行商の男が夜を明かそうとまどろみかけた。枕元で声がする。目をこすると直衣姿の男が立っていた。
 「高貴なお方がこちらで遊ばれる。脇にのいてくだされ」。現れたのは女房と侍女。明かりがともり、料理や酒が並ぶ。
 「一緒にどう?」。女房に誘われ、商人が恐る恐る近づくと、夢のような美しさに見とれてしまう。やがて女房が琴を、侍女が胡弓(こきゅう)を弾いて歌を唱和した。男はお礼に、花形の手箱を女房に贈った。侍女に琴づめを渡す際、か細い手を握ってしまう。侍女も笑顔で男の手を握り返してきた。
 突然、女房は顔をこわばらせ、侍女に杯(さかずき)の並んだ台座を投げつけた。侍女の顔から血が滴り、着物を赤く染める。商人が驚き、飛び上がったと思ったら、夢がさめた。
 翌朝、商人は神前に並んだ絵馬を見て驚く。楽器を弾く女房と侍女、直衣姿の男も、うり二つに描かれていたからだ。しかも侍女の顔のあたりは大きく裂けている。絵は誰の作か、分からない。
 江戸前期の仮名草子作者、浅井了意が一六六六年に著した「伽婢子(おとぎぼうこ)」に収められる。中国や朝鮮の怪談を翻案した浅井はなぜ、御香宮神社を舞台にしたのか。
 約五百年前の御香宮神社の記録はないが、三木善則宮司(63)は「さもありなんと読者に思わせる必要がある」といい、創作時期の神社と時代背景に注目する。
 伏見の港や宿場は栄え、御香宮の知名度も上げた。また一七五五年に絵馬堂が建つまで、社殿に絵馬が掛かり、物語の筋と重なる。中には幾何の問題を記した額もあり、解答が別の神社へ奉納されたこともある。三木宮司は「御香宮の絵馬が人々の話題となり、文化交流の役割を果たしていたと考えられる。似たような風俗画がなかったとは言えない」と話す。
 浅井は唱道のため仮名草紙を著したとされる。絵の女性ですら、しっとに駆られ残忍になる。浮世の女性への戒めと、男性にも誤解を生むようなそぶりを慎むよう説いている気がする。
【メモ】浅井了意(生年不詳−1691)は摂津国三嶋江(現高槻市)出身。浪人生活を送りつつ、怪談や道中記などあらゆる分野の仮名草紙を著し、名声は全国的。後年は真宗の学僧、唱道僧として仏書に力を注ぐ。御香宮神社は近鉄桃山御陵前駅の東約100メートル。

【2008年3月6日掲載】

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