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(231)八坂地蔵(彦根市)

切られた仏、信仰厚く
八坂地蔵が祭られているのは奥の堂。周囲には300体近くの地蔵が並ぶ(彦根市八坂町)
 彦根市八坂町の琵琶湖畔の小さな堂に「身を捨てても助けてくれる仏さま」として信仰を集める地蔵がある。八坂地蔵。地元に伝わる逸話から「切られ地蔵」ともいう。
 一六五八(万治元)年、葉枝見村本庄(現彦根市本庄町)の郷士助作は面倒を抱えていた。所有するやぶ地に他村の人が無断で入り、たびたび、やぶを刈り取っていく。助作はたまりかねて彦根藩の評定所に窮状を訴えた。判決の日、夜明け前に村をたった。
 道中の八坂。松並木の下に現れた老僧に道をふさがれ、思いがけない言葉をかけられた。「おまえの負けじゃ。行くのをやめて親孝行をせい」。助作は腹を立て、腰の刀で抜き打ちに切った。ところが、不思議なことに辺りに血がない。老僧も消えた。狐狸にばかされたか。評定所へ急いだ。
 結局、やぶの所有権を立証する証文がなく、助作は敗訴、自害した。「助作憤死」の報を聞いた母は狂乱のあまり、沼に身を投げた。助作の死の抗議を受けた藩は、判決を覆した。
 伝えによると、老僧に身を変え、助作の行く手を阻んだのは八坂地蔵。傷跡が残るという地蔵は普段非公開だが、堂に安置されて、町内の代表者が「堂守(どうもり)」として世話をしている。
 二〇〇七年度から堂守を務める小川武男さん(68)は朝から夕、堂にこもる。子宝や病の回復などを求める大勢の参拝客らと面会し、願を聞き、地蔵に「おうかがいする」(小川さん)。
 堂では毎月二十三日、定例のお参りがあり、七月二十三、二十四日には地蔵盆を営むなど、地域挙げての活動も盛んだ。前堂守の田中清さん(80)は毎朝、堂に手を合わせる。「悩みを持った人がたくさん参拝に来た。子どもの名付け親になってもらおうとする住民もいた」と振り返る。
 助作に切られた八坂地蔵の後日談。八坂地蔵を信仰し、東京で大成した豊郷出身の呉服商が関東大震災に見舞われた。家屋に迫る火の手。右往左往する呉服商がふと窓外を見ると、老人が猛火を打ち払い、火中に消えては現れる。いつしか、火が消えた。
 この老人もまた、八坂地蔵。地蔵の顔が黒いのはそのためとか。
【メモ】本堂の周囲には、都市開発で発見されたり、行き場を失うなどした地蔵が300体近く並ぶ。八坂地蔵は非公開で、参拝時の予約は不要。滋賀県立大から南西約1キロの湖岸道路沿いにあり、JR彦根駅発の湖国バス(三津屋線)の「八坂地蔵尊前」で下車。琵琶湖に多景島、北東には伊吹山が望める。問い合わせは本堂TEL0749(28)2850。

【2008年3月7日掲載】

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