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八坂神社 御手洗井(京都市中京区)

牛頭天皇に水供え
祇園祭の期間中だけ開放される御手洗井(京都市中京区)
 祇園祭の宵々山(七月十五日)から還幸祭(同二十四日)の間だけ開放される井戸がある。オフィスビルが立ち並ぶ一角。鍵がかかった木の柵の中に、しめ縄で飾られた石の鳥居があり、額には「八坂神社 御手洗井」と記されている。鳥居の奥に井戸があり、くみ上げた水が絶えることなく流れ出ている。
 この地には、かつて祇園御旅所があり、祭られている牛頭(ごず)天皇に、毎日この井戸の水を霊水として供えていたという。一五六八(永禄十一)年に御旅所を移転させた織田信長も、水質が良いため、祇園祭の間は井戸を開放させたとされる。
 管理しているのは、井戸が町名の由来になった「手洗水町」の人たち。毎年七月十五日に、遙拝式という井戸開きの儀式を営み、しめ縄を新調して、ちまきやトビウオの干物を供える。井戸の二件隣にある呉服製造卸会社「安田多七」の安田守男会長(74)は「小規模ですが、私たちにとっては祇園祭の大事な儀式です」と話す。
 安田会長はまた、「八坂神社の本殿の下には井戸があり、この井戸とつながっているという話を聞いたことがあります。伝説みたいなものでしょうが…」と打ち明ける。
 江戸時代の「都名所図会」には「祇園の宝殿の中には竜穴ありとなん。延久(一〇六九−七九)年間のころ、梨本の座主その深さをはからんとければ、五十丈にもおよびてなお底なし」とある。現在もあるとされている八坂神社の龍穴の話が形をかえ、町衆に伝わったのかもしれない。
 一九七〇年ごろまでは、長刀鉾のお稚児さんが井戸開きの日にこの水で手を清めていたという。囃子(はやし)方を六十年以上も務めた長刀鉾保存会の石和一夫理事(84)は「昔に比べ、お稚児さんの行事が簡素化されてきた。時代の流れでしょうが、残念です」と話す。
 豊かな水をたたえる井戸だが、地下鉄東西線の工事で一度水脈が途絶えたという。新たにボーリングをして、井戸は復活した。土用の日に、あんころもちと一緒にこの水を飲むと一年間、病気をしないという言い伝えもある。今年の祇園祭に、一度訪ねてみてはいかがでしょうか。
【メモ】烏丸四条の交差点から北へ約100メートルの中京区烏丸通錦小路上ルにある。オフィス街に位置するため、手洗水町内の会員は会社ばかりで、各社の担当者が世話をしている。かつて、長刀鉾の稚児は15日の昼すぎに御手洗井で手を清めてちまきを奉納し、下京区烏丸通仏光寺下ルの大政所御旅所で長刀を納めたという。

【2008年3月14日掲載】

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