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(236)もたれ石(高島市)

継体天皇 出生の地
柵を設け整備されている。中央がもたれ石(高島市安曇川町田中)
 JR安曇川駅(高島市)から北西に徒歩約二十分。県道の田中の交差点を北にとり、丘陵の森にある彦主人王(ひこうしおう)御陵(通称・田中王塚)に抜ける旧道沿いに安産「もたれ石」が立つ。高さは約八十センチで長方形、三尾神社跡と刻まれた石柱がそばにある。昨年、即位千五百年で注目を集めた継体天皇(在位五〇七−五三一年)を生んだ振媛(ふりひめ)が、出産するときにもたれたと言い伝えがある石だ。
 日本書紀によれば、応神天皇から五世孫にあたる彦主人王が近江国高島郡三尾(現高島市安曇川町)にあった別邸に、垂仁天皇から七世孫になる振媛を妻に迎えた。振媛は継体天皇を産み、王の死後、(故郷の)越前三国で育てたと記している。
 古事記は継体天皇の出身について「近淡海(ちかつおうみ)国」とする。
 高島市教委の白井忠雄参事(54)は「継体天皇は傍系から出てきたので、それを正当だとする記述になっている。王族の一人であったことは確かで、継体天皇からは史実とみてよい」と話す。
 地域の神社などに残る伝承では、彦主人王に天成神道を教授したこと。三尾の社の拝殿を産屋(うぶや)とし、振媛がこの石にもたれて、三つ子を産み、第三子が後の継体天皇になったことなどを伝えている。
 高島町観光ボランティア協会の三宅明会長(72)は「彦主人王は天成神道を勉強するためにやってきていた。その教えに従い三百六十歩北に歩いたところに小さな拝殿をつくり北極星に安産を祈願した」と訪れた人に説明するなど夢のある伝承を話す。
 一九九三年まで「もたれ石」は竹やぶに埋もれ、地域の人が言い伝えを知っているだけだった。同年に当時の安曇川町商工会女性部などが周囲に柵を設けるなどして整備、以後、毎年一回、清掃活動をしている。高島市商工会女性部の伊庭盟代(ちかよ)部長(64)は「継体天皇ゆかりの伝承がたくさん残っているので、伝えられるように協力していきたい」と話している。
【メモ】JR安曇川駅の近くには継体天皇の伝承地が点在している。継体天皇の両親を祭る三重生神社。彦主人王御陵は宮内庁管轄の陵墓で築造は5世紀後半。胎盤を埋めたとされる胞衣塚もあり、前方後円墳の鴨稲荷山古墳は継体天皇を擁立した近江三尾氏の族長の墓ではと推定されている。高島古代史探訪ガイドマップ「継体天皇伝承地を歩く」では、モデルコースも紹介している。問い合わせは高島市観光商工課TEL0740(25)8000へ。

【2008年3月18日掲載】

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