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(238)折松稲荷社(京都市山科区) 

集落の守り神祭る
人とキツネとの交流の伝承がきっかけで建てられたほこら。今も地域住民の手で大切に保存されている(京都市山科区)
 京都市山科区小野の閑静な住宅街の一角。旧奈良街道から東へ、畑に沿って百メートルほど歩くと、サカキやカシの木々に囲まれたほこらがある。折松(おりまつ)稲荷社と呼ばれ、名前の通りキツネを祭る小さな社だ。地元の伝承によると、夜な夜なキツネが集落を歩き回り安全を守ってきたといい、御利益に感謝した住民が明治の中ごろに建て、その後、百二十五年にわたって大切にしてきた。
 かつて宇治郡山科村小野と呼ばれた一帯で、近くに平安時代の歌人・小野小町とゆかりの深い随心院があるなど歴史的情緒が豊かな地域。ほこらは小高い丘のようなところにあり、その後ろには洞穴がある。今は石でふさがれているが、かつては実際にキツネがすみ、住民は「九郎兵衛」と名付けていたという。
 住民は伝承通りにキツネが集落を守ってくれたと、一八八三(明治十六)年二月、栗栖野の折上神社からキツネに「正一位折松大明神」の称号をもらい、祭神としてほこらを建立。さらに「折松講」を結成し、住民の手で長く守ってきた。今も変わらず、二月の初午祭と十一月の御火焚祭を続け、地域の安全と住民の息災を祈っている。
 折松講を結成した当時の住民のひ孫に当たり、代々、小野地区に住む平野永二さん(60)は「農耕を営む人々にとって人と自然がいかに深く結びついていたかを教えてくれる言い伝えでしょう」と解説する。
 平野さんらの世代になって、住民たちはほこらの前に鳥居を建て、風雨をしのぐ屋根も設けた。平野さんは地域に残る資料を探していたところ、折松講をつくった人たちがほこらを建てたいきさつを記した文献を見つけ、それを基にして一九八七年にはほこらの由来を説明する立て札も立てた。
 併せて、キツネの伝承と、住民の取り組みを地元の小学生に聞かせるなど、平野さんらはしっかりと地域に折松稲荷社の由来を根付かせている。平野さんは「今は、かつてのような自然や動物との交わりがどんどん少なくなっている。そんな時代だからこそ、ほこらを大切にして後生に伝えていきたい」と力を込めた。
【メモ】折松稲荷社は、京都市営地下鉄東西線の小野駅下車、徒歩5分。かつては竹やぶが広がる田園地帯だったが、今では住宅街へと町の様子は変わっている。小野地区一帯は春には梅林で知られる随心院や、近くに桜の名所の醍醐寺などもあり、多くの観光客でにぎわう。

【2008年3月20日掲載】

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