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(240)女人堂の光明杉(宇治市)

安産の木 厚い信仰
安産の木として地域の人たちから信仰されてきた光明杉。60年ほど前に落雷を受けて枯れ、現在は石碑わきに2代目の杉が植えられている(宇治市炭山)
 宇治市の北東部に位置する炭山地区。静寂に包まれた山里で、子どもを授けたとされる一本の杉の木の話が古くから語り継がれてきた。地区の西側から細い山道を登る。集落を見下ろせる高台に立つ小さな石碑が、物語を今に伝えている。
 碑のそばには「女人堂」と呼ばれるお堂がある。山の北方にあり、霊場を巡る「西国三十三所巡礼」の十一番札所として知られる上醍醐寺(京都市伏見区)がかつて女人禁制だったため、女性たちは女人堂に安置された観音像と同寺へと祈りをささげたという。
 その昔、女人堂に安置されていた観音さんを熱心に信仰する一組の夫婦がいた。二人は、周囲の人たちがうらやむほど仲が良かったが、何年たっても子どもができずに悩んでいた。「どうぞ、子どもをお授け下さい」。二人は毎日、観音さんに願い続けた。
 すると、ある晩のこと。観音さんが夢枕に立って「光を放っている杉の木を探しなさい」と告げた。その言葉を聞いた二人は、半信半疑ながらも光る杉の木を探しに夜道へ飛び出した。
 いつも参っている女人堂の前まで来ると、思わず足が止まった。お堂のそばの杉が、まるで後光が差しているかのように光り輝き、木の根元には美しい着物にくるまれた赤ちゃんが寝かされていた。「おお、こんなところに赤ん坊が」と驚いた妻がゆっくり抱き上げると、赤ちゃんはまるで自分の母親を見るかのように笑顔を浮かべ、二人は心から喜んだという。
 女人堂に参ると子どもが授かるといううわさが広まり、やがて「安産の観音様」として信仰を集めた。
 近くに住む農業渋谷忠一さん(66)は「親から子、子から孫へと話が伝わり、安産祈願に地区外からお参りする人も多いですよ」と話す。女人堂には昔、出産を終えた人たちのお礼参りの腹帯がぶら下がっていた。妊娠したら、その腹帯を持ち帰って使い、子どもが生まれるとお礼参りに訪れる風習があったという。
 親が子をあやめる痛ましい事件が多い現代に、渋谷さんは心を痛める。「一人一人の命の重さをもう一度考えなあかん。昔も今も子は宝なんやから。観音さんも杉の木も悲しんでるやろな」
【メモ】女人堂へはJR・京阪木幡駅近くの京阪宇治バス「木幡」から「東御蔵山」下車、徒歩約40分。言い伝えが残る光明杉は、1950年ごろの落雷で枯れたため、15年ほど前に地区の役員らが新しい杉を植えた。現在、女人堂は厄年を終えた人たちがお礼参りに訪れ、男性は白、女性は赤の布に名前を書いて奉納している。

【2008年3月26日掲載】

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