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多彩な近江の山城跡 脚光

全国有数の1300超 草木かき分け探索
中井均さん(左から2人目)の案内で鳥居平城跡をめぐる人たち(滋賀県日野町鳥居平)
 近江の山城を訪れる人が増えている。滋賀県内では中世のものを中心に全国有数の1300を超える城跡があり、たどり着くのも大変な、草木に覆われた城跡を訪ね歩く人も少なくない。山城跡を訪ね、その魅力を探ってみた。
 「この造りは攻めにくいはず」「堀が想像以上に深い」。今月、滋賀県日野町の鳥居平城跡を訪れた日本古城友の会(大阪市)の会員25人が感嘆した。
 城跡は鳥居平集落に接する標高224メートルの山にあり、16世紀中ごろの築城とされる。地元の人が城跡への小道などを整備しているが、城跡内は険しい。
 案内役の長浜城歴史博物館長の中井均さんは、虎口(城への入り口)や土塁、堀の跡を紹介した。「ここは兵隊が1人ずつしか入れない工夫がされていた」などの説明に、参加者はやぶをかき分け耳を傾けた。ほぼ90度に切り立てたとりでには感心した様子だ。
 参加者の会社員平川大輔さん(38)=大阪市西成区=は「近世の立派な城は城主の気分になれるが、近江の山城跡は実際に自分の足で歩き、攻める立場、守る立場のどちらも想像できる」と話す。毎週のように滋賀を訪ねる会員もいる。
 中井さんは「近江の城跡は国境を守る城から合戦陣地、村単位の城、寺から変化したものまで多種多様。ぜひ自分で戦国時代を体感して」と話す。

滋賀県教委のマップ作り 「手弁当」で歴女も参戦

山城マップづくりのため熱い議論を交わす「歴女」の面々(大津市)
 近江の山城は「歴女」の注目も集める。滋賀県教委が6月、「女性のための近江戦国山城マップ」のスタッフ女性を募集。交通費や宿泊費が自己負担にもかかわらず、多くの応募があったという。
 選ばれたのはブログなどで情報発信している25人。6月から毎月集まり、専門家と安土城(近江八幡市)や佐和山城(彦根市)、小谷城(長浜市)を調査してきた。先月末の編集会議では「地図を読むのが苦手な人のために工夫が必要」「山の急な部分は色を変えるべきでは?」と議論を交わした。
 野田富士見さん=岐阜市=は「従来の地図は不親切。女性でも登れるかどうかなどを紹介し、多くの歴女に訪れてもらいたい」と話す。マップは来年にも県教委のウェブサイトで公開する。
 滋賀県も山城を観光振興の新しい材料として着目する。本年度から県教委文化財保護課の職員に観光交流局員を兼務させ「滋賀の魅力発信」を期待する。職員は「これまでは発掘、調査して報告書を出せばよかったが、価値や魅力の発信も大切と分かった」と話す。

勝家の本陣 玄蕃尾城跡に登る 土塁・堀 巧みに配置

福井県境の山上にある玄蕃尾城跡。白い柱は虎口跡(長浜市余呉町柳ケ瀬、敦賀市刀根)
 県内最北部、福井県境山上の「山城の中の山城」と評される玄蕃尾(げんばお)城跡に登ってみた。
 柴田勝家が賤ケ岳の合戦(1583年)で本陣を置いたとされる。勝家の敗北後に廃城となった。
 城跡の入り口までは車で、駐車場から本丸跡まで徒歩。駐車場には入山届を兼ねたノートと案内書を置いた箱がある。
 急な山道を慎重に登る。山頂付近に出て、しばらくすると虎口跡への表示。その奥に本丸跡がある。敵の侵入を防ぐ土塁や堀が巧みに配置されていることが初心者にも分かる。とりでからは福井側の山々を見下ろせた。
 地元の人が草刈りを続けているため形状がよく分かる。もっとも、平日は訪れる人もほとんどいない。寒風に落ち葉がかすれる音を聞きながらたたずむと兵士が駆け入って来るような気がした。
【アクセス】 国道365号から柳ケ瀬トンネルを福井県側に抜けてすぐの林道入り口から。

背景に高度の自治 甲賀に3分の2集中

近江の城
 なぜ近江に城跡が多いのか。滋賀県教委文化財保護課の木戸雅寿さんによると、中世の近江で自治が高度に発達していたことが大きい。関東にはない近江の特徴だという。
 特に甲賀地方は、城跡の3分の2が集中している。自治を支えたのは農業生産性の高さ、豊かさだった。
 長浜城歴史博物館長の中井均さんは「領主が権力のステータスとして城を造ったという側面もある」と指摘する。この状況を一変させたのが織田信長だ。近江制覇の過程で城は安土、長浜などの4カ所だけになった。

【2010年12月8日掲載】