京都新聞TOP > 観光アーカイブ > 京都・滋賀観光深堀り
インデックス

地域の結束や信仰伝える

豊作や安泰祈る「オコナイ」
太鼓や鉦、ホラ貝の音とともに赤鬼、青鬼が走り回り、オコナイは最高潮に達する(湖南市の長寿寺)
 一年の豊作や安泰を祈り、かつては西日本全域で行われていた「オコナイ」。近江では今も、濃密に受け継がれている。古くからの信仰や共同体の姿を伝えることから、近年は歴史や写真の愛好者の見学も増えた。伝統を受け継ぐために模索するオコナイの現場を訪ねた。
 雪の中、男たちが寺の本堂に集まってきた。白い息を吐きながらサカキや丸餅で本尊の周りを飾り付ける。農作物を串刺しにしたお供えも置かれた。
 今月10日、湖南市・東寺(ひがしでら)地区のオコナイ。「鬼子」と呼ばれる子どもが赤と青の鬼になって走ることから「鬼走り」とも呼ばれる。
 正午過ぎ、地域の人々が訪れる。つえをつきゆっくりと現れた女性は「今年も寄せてもらえた。ありがたいこっちゃ」。
 導師を務める僧侶が室町時代から伝わるという鬼の面を須弥壇(しゅみだん)に据えた。「鬼を封じ込める」という。
 鬼子を務める子どもたちが須弥壇で「オンカーカーカミサマエーソワカ」と唱える。鬼子は各家の長子の息子に限られている。
 「ダイジョウ!」。導師の声とともに太鼓が激しく打ち鳴らされ、ほら貝がうなる。本堂の両手から赤鬼、青鬼が走り出て、手を合わせる参拝者の前で剣を振り回す。
 鬼の面を脱いだ鬼子が導師に引かれ内陣を巡り、鬼走りは終了だ。子どもたちは、将来の鬼子がいる家に餅を配って歩いた。

十人衆 山の神様へ参拝

【上】東寺地区47戸分のお供え。お供えを「おでん」と呼ぶ地域もある(湖南市)【下】「鬼走り」を前に、ほら貝の練習にも熱が入る(湖南市)
 オコナイはこの前日早朝、「ヤマノカミサン」(山の神様)への参拝から始まる。
 参拝するのは「十人衆」。地区の年長の男たちだ。代表の長老は森田熊一さん(83)。下に「八人講」「中老講」があり行事を支える。森田さんは「何があってもヤマノカミサンに参らなあかん」。
 地区の入り口に結界を張る勧請縄(かんじょうなわ)づくりもある。30〜40代の男たちが早朝から稲わらで直径30センチほどの縄をない、つるす。住民や鬼子たちは呪文を唱える。「…みがいりてはっちりこ はっちりこ」。オコナイ本番に向け人々の気持ちが一つになっていく。

文化財指定 住民も迷い

オコナイの前日、村の入り口に結界を張る「勧請縄」が張られた。中央の飾りはコメ、両脇の飾りは雑穀の豊作祈願を意味するという(湖南市)
 過疎化や都市化でオコナイの廃止や簡略化も続いている。民俗文化財として保存すべきという指摘もあるが、宗教色が強く補助金を伴う保存策には行政も積極的になれないのが現状という。
 主体である地域住民にもさまざまな事情がある。湖北の一部のオコナイを文化財指定する動きが一時あったが実現しなかった。「儀式を自分たちで変えられなくなる」という声があがったためだ。
 文化財になれば儀式の変更や簡略化も住民の一存ではできない。過疎と高齢化の中で指定されても、かえって行事の存続が難しくなるという懸念がある。
 一方で、昭和初期に一度途絶えたオコナイを32年前に復活、定着させた地域もある。
 長浜市田町。きっかけは町内のお堂の掃除。古いみこしを捨てたが、実はオコナイの道具だった。「古老に叱られ、ならば復活させようと」。森田栄治さん(69)が振り返る。
 再開に際し段取りを一部変えた。ご神体の鏡餅作りやみこしの拠点を当屋ではなくお堂にし、女性も参加する。森田さんは「持ち回りの当屋制は負担が大きく再び中断すると思った」と話す。

大切さ知り 存続の力に

湖北のオコナイでは大きな鏡餅にこだわる。前日夜から男たちが鏡餅をつくる(長浜市)
 オコナイの調査研究を続ける中島誠一さん(長浜市曳山博物館事務局次長・民俗学)
 古来からの近江の豊かさ、地域共同体の強い結束力、神仏へのあつい信仰を象徴する伝統がオコナイだろう。人々が儀式での立ち居振る舞いなどを学ぶ機会としても重要だった。
 一方、意味が分かりにくい儀式や供物も多く、合理的解釈のできないものはしないという現代の風潮の影響を強く受け、姿を消すこともある。保存に関して、文化財と観光の間に沈んでいる状況だ。
 地域の人には自分たちのオコナイの大切さをぜひ知ってほしい。一般の関心が高まることで、存続のエネルギーになると思う。
【2011年1月26日掲載】
<オコナイとは>
 「オコナイ」は平安時代の「今昔物語」にも登場する。滋賀では今も300以上の地域で営まれる。
 オコナイが集中するのは甲賀と湖北だが、様式には違いがある。いずれも伝統的に、神事の核心に触れる部分に女性はかかわらない。
 甲賀では天台宗の寺がオコナイの舞台で、呪文など随所に密教の影響が色濃い。湖北では「当屋(とうや)」と呼ぶ持ち回りの家で営む。密教系の寺院が廃れ住民の手になるようになったという。大きな鏡餅をご神体とするのも湖北の特徴。当屋が一年間肉食を絶つ伝統を守る地域もある。ミルクキャラメルすら食べないという。
 見学を拒む地域はないが、日程は各市町の観光、文化財などの担当部局に問い合わせる必要がある。