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落語の舞台へ“しゃれた旅”

景清 観音罵倒、見もの
昔からの観光地・清水寺では、「景清」で観音様。「はてなの茶碗」で茶店。「殿集め」で清水の舞台が登場する(東山区・清水寺)

 最近、ドラマの影響などで若い人にも落語への関心が高まっている。上方落語には京から大坂への道中を描いた「三十石」のように旅ネタが多い。京都のまちなかで落語に出てくる舞台や史跡をたどり、落語観光としゃれ込んだ。

 清水寺といえば「はてなの茶碗(わん)」で有名だが、さすがに昔からの観光名所。ほかにも多くの落語で登場する。「景清」は、目が見えなくなった男が観音様に回復を祈願する噺(はなし)。百日参っても治らず、清水寺の観音を詐欺呼ばわりして罵倒(ばとう)する場面が見ものだ。

 男が最初にお参りした楊谷寺(ようこくじ)(長岡京市)では、柳谷観音とけんか別れしてしまう。代わりに清水寺を紹介されるが、男は観音仲間の集会で柳谷観音の告げ口を心配するくだりが笑える。

 清水寺には、平氏の豪傑平景清が「源氏の世を見たくない」とくりぬいた目を奉納した伝説が残る。楊柳観世音から景清の目を借りて見えるようになった男が、落ちていた自分の目を持って帰ろうとすると、「下取りの目は置いていけ」との声がかかりサゲとなる。

 ちなみに清水寺の本尊、千手観世音菩薩は原則三十三年に一度しか開帳しない。ただし音羽の滝近くの茶店では、「はてなの茶碗」の目利きの道具屋の気分が味わえる。

こぶ弁慶 タコ触る姿 目に浮かぶ

「こぶ弁慶」の中で旅人がこぶをとるために祈願した蛸薬師堂にあるタコの形のなで薬師(中京区・蛸薬師堂)

 奇想天外な噺で笑いを誘う「こぶ弁慶」も面白い。大津の宿で壁土を食べた男の肩に弁慶の顔をしたこぶができてしまう。何とかとりたいと願う男は、京都の蛸薬師堂(中京区)を毎日詣でる。

 この男が住んでいたのが綾小路麸屋町。ここで「いたって、あやふやな所に住んでおります」という説明が入る。京都の住民には身近な通りだけにここでついニヤリ。現在の綾小路麸屋町は居酒屋やクリーニング店がある普通の通りであやふやな場所でもない。

 新京極にある蛸薬師はタコを断って祈願すれば、病気平癒などあらゆる御利益があるという。本殿には「なで薬師」という触って祈願するタコの木像がある。こぶをとるため、男がタコを触る姿をつい想像してしまう。

幽霊飴 伝説の店は今も

六道の辻にあり、「幽霊飴」の伝説が残るみなとや。小野篁などの魔界ブームで訪れる人が増えている(東山区・みなとや)

 「幽霊飴(あめ)」は、六道珍皇寺(東山区)門前の飴屋の伝説を基にした落語だ。毎晩一文ずつ飴を買っていく女がいた。三途(さんず)の川の渡り賃は六文。七晩目には「きょうはおアシがなくて」となり、飴屋は無料で飴をあげた。

 後をつけると女は高台寺の墓に消える。掘り返すと子を宿したまま死んだ女が幽霊となり、赤子を飴で育てていた。子どもは後に高台寺の僧になり、最後は「子を大事(こうだいじ)に」と締める。かつての葬送地周辺の「六道の辻」は最近、珍皇寺ゆかりの小野篁(たかむら)が注目され、魔界スポットとして人気がある。松原通大和大路東入ルでは、今も幽霊子育飴を売る「みなとや」がある。水飴と砂糖で作った子育て飴は素朴な味わいで、同店は「本当はうちと高台寺は関係ありません。最後の部分は落語家の創作です」と話す。

 これら落語の舞台をまとめたサイト「京都落語地図」を制作した元小学校教諭小宮山繁さん(62)=伏見区=は「落語の旅を楽しむなら風景スケッチのような『三十石』がお勧め。京の地名が次々と出てきて、伏見人形の意義も分かる。新たな発見があった。昔の風景を想像しながら歩けます」と提案する。

 京都には寺や銭湯、飲食店などで高座が気軽に楽しめる寄席も定期的に開かれている。上方落語を聞いて舞台となった場所を訪ねると、名所巡りも数倍楽しくなりそうだ。

醒睡笑が原点

落語の祖とされる安楽庵策伝ゆかりの誓願寺で開かれる落語会。桂よね吉さんらプロの落語家も訪れる(京都市中京区・誓願寺)

 落語の発祥の地は京都とされる。江戸時代初期、新京極にある誓願寺(京都市中京区)の住職を務めた安楽庵策伝の笑い話を編んだ「醒睡笑(せいすいしょう)」が落語の原点というのは有名だ。同寺では今も素人からプロまで広く寄席が開かれる。同寺の小島英裕本山課長は「寺で落語ができるのは、策伝さんがいたからこそ。ありがたいですね」

 その後、人の集まる場で行う「辻噺(つじばなし)」で、日蓮宗の元僧侶だった露(つゆ)の五郎兵(ごろべえ)衛が評判となった。上方落語の祖とされる五郎兵衛が活動の中心としていた北野天満宮(上京区)では境内に、五郎兵衛の顕彰碑が残る。

 同天満宮では、出雲の阿国(おくに)もかぶき踊りを披露した。加藤晃靖権禰宜は「天満宮は芸能の神としての信仰もあったのでしょう。今も毎秋、露の五郎兵衛一門の寄席を開き、遺徳をしのんでいます」と話す。

滋賀は矢橋船など

 滋賀が舞台の上方落語は「矢橋(やばせ)船」や「近江八景」が有名。矢橋船は、東海道の旅人が利用する草津の矢橋港と大津を結ぶ船。しびんで酒を飲んだり、問答したりとにぎやかな乗客の滑稽なやりとりが笑いを誘う。

 三上山(近江富士)のムカデ退治伝説を乗客が話すくだりでは、大ムカデが山を七巻半も巻いていたと説明。驚く周囲に「大きなようやが、七巻半はハチマキよりちょっと短い」と返す。「矢橋の帰帆」と呼ばれ、にぎわった港の跡近くは矢橋公園となり、常夜灯や説明板がひっそりと残る。

生活と密接に関係

 京都市出身で、誓願寺で落語会を開いている桂よね吉さん(39) 「落語は京都の生活と密接に関係しています。京が舞台の落語で好きなのは山登りがテーマの『愛宕山』。実際に舞妓らが軽く登れる山なのかぜひ体感してほしい。『三十石』では三条大橋などの擬宝珠(ぎぼし)の由来が出てきます。観光でそれらの舞台を歩き、確認してみるのも面白いですよ」

 そのほか落語に出てくる京都の主な舞台 清水寺=殿集め▽愛宕山=愛宕山▽柳馬場押小路=胴乱の幸助▽祇園=大丸屋騒動、七段目▽鞍馬=天狗裁き▽三条大橋、四条大橋、伏見、中書島など=三十石▽四条新町=紺田屋▽島原=島原八景▽本能寺=本能寺▽宇治=宇治の柴船など。

【2011年7月6日掲載】