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戦争遺跡巡り平和へ思い新た

京都府内に200カ所以上 観光施設も軍用に
風船爆弾を作っていた京都市美術館。表の看板には昭和天皇の即位を祝う「大礼記念」という文字が削り取られている(左京区)

 日露戦争から第2次大戦中にかけて旧日本軍の施設として使われた「戦争遺跡」。京都府内にも、200カ所以上残っているが、観光地や公的施設、学校になっているため、一見、戦争と関係があったと分からない場所も多い。戦後66年がたち、戦争を知る人が減りつつある今、身近な地域に残された戦争の足跡を巡り、平和への思いを新たにしませんか。

東福寺塔頭 ロシア人捕虜の楽器残る

ロシア人捕虜が手作りした楽器。「捕虜への待遇はよく、穏やかな雰囲気だったようです」(京都市東山区・霊雲院)

 現在、観光客や市民の憩いの場としてにぎわう京都市内の施設も、戦時中はさまざまな目的で軍用に使われていた。

 山県有朋の別邸で、造園家小川治兵衛による池泉廻遊式庭園が有名な無鄰庵(左京区)。1898年築の洋館では、日露戦争開戦直前、山県と伊藤博文、桂太郎、小村寿太郎が外交方針を決める「無鄰庵会議」(1903年)が開かれた。会議が開かれた部屋はいすやテーブルが置かれ、当時の様子を再現して公開している。

 紅葉で有名な東福寺(東山区)には、日露戦争のロシア人捕虜1500人が収容されたという。塔頭(たっちゅう)の霊雲院には捕虜が木や竹、布製のコートを使って手作りしたバイオリンやタンバリンが展示されている。岡根守住職(68)は「この寺にも50人ほど滞在したといい、父からよく話を聞いた。コンサートなども開き、にぎやかだったそうですよ」と話す。東福寺前で撮った集合写真では捕虜たちが笑顔を見せている。

 春には都をどりで華やかさを増す祇園甲部歌舞練場(同)と、京都市美術館(左京区)では、太平洋戦争中の1944年ごろ、学徒動員の女生徒が「風船爆弾」を作っていた。歌舞練場の廊下で分業し、舞台がある広間で膨らませる満球試験を行い、破裂した不良品は美術館で補修作業したという。当時、華頂高等女学校3年だった佐伯靖子さん(82)=伏見区=は「朝から晩までずっと正座で、みんな膝を痛めて『巻き足』になっていた。でも、神風に乗ってアメリカまで行く武器だと聞いていたので必死だった」と振り返る。

 親子連れでにぎわう市動物園(同)も戦争とは無縁ではない。

 44年3月、「空襲で脱走したり、住民を不安に陥れるため猛禽(もうきん)類を処分せよ」との命で、クマやライオンが銃殺や薬殺に。残ったシマウマやカバも食糧不足で餓死し、終戦時に残っていたのはインドゾウとキリン、ラクダだけ。戦禍を生き残ったゾウも46年1月、栄養失調で死んだ。

伏見 商店街に「軍人湯」

左・かつては兵隊が多く入りに来ていたという軍人湯。戦後は、GHQの米国人の姿もあったという(伏見区)
右・師団橋の橋脚に残る陸軍の五芒星(伏見区)

 かつて軍都と言われた京都市伏見区。軍用施設が多く建てられ、今もわずかだが、学校や役所に転用されている。

 聖母女学院本部は、第16師団司令部があった建物。1908年築の赤れんがの西洋建築が美しい。年間約300人の見学者があり、2年前からはパンフレットを無料配布している。ほかにも、陸軍病院が京都医療センター、騎兵第20連隊が深草中に活用されている。

 師団街道と聖母女学院をつなぐ師団橋も当時の石造りのままだ。橋脚をよく見ると陸軍のシンボル五芒星(ごぼうせい)が残る。近くの商店街には銭湯「軍人湯」がある。将校がよく入りに来たという。店主の高田博次さん(70)は「戦争を忘れないためにも名前はずっとこのままです」と話した。

「戦友」の歌詞碑や飛雲観音

左・日露戦争中に大ヒットした戦歌の作者をしのぶ碑(東山区・良正院)
右・特攻隊員の死を悼んで建立された飛雲観音(右京区・天龍寺)

 戦争関連の碑も多い。

 知恩院塔頭の良正院前(東山区)には、日露戦争中に大ヒットした戦歌「戦友」の歌詞「ここはお国を何百里」と書かれた碑がある。福知山市出身の作詞者真下飛泉が晩年に良正院で過ごしたためという。

 天龍寺(右京区)には、特攻隊員の死を悼む「飛雲観音」がある。戦後10年の1955年、京都在住の旧陸軍関係者らが中心になって建立され、航空機事故の犠牲者のめい福も祈っている。

 常寂光寺(同)には、多くの男性が戦死したため、独身のまま生きることになった女性のための「女の碑」がある。独身婦人連盟が中心になって79年に建てられ、「女ひとりここに生き平和を希(ねが)う」と刻まれている。

 戦争遺跡 戦争のために造られた施設や、戦争で被害を受けた建物などで、現在もそのまま遺構として残っているものも含む。府内では「戦争遺跡に平和を学ぶ京都の会」が1994年に発足し、京都市内のほか、福知山や舞鶴、宇治などを中心に200以上を調査した。「語りつぐ京都の戦争と平和」にまとめ、戦争遺跡の案内もしている。問い合わせは福林徹代表TEL0771(24)6191。

【2011年8月2日掲載】