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大津の取水口から京都へ散策

琵琶湖疏水 明治の偉業、肌で

 京都市のほとんどの飲料水を供給している琵琶湖疏水が産業観光の資源として注目を集めている。蹴上(左京区)や哲学の道(同)に目が行きがちだが、大津市内の取水口から京都へのルートをたどる散策コースも人気がある。昨年、開通120年を迎えた疏水のさまざまな表情を、「近代京都の礎を観る会」の会員に案内してもらった。

水害の教訓、鉄扉残す 伊藤博文ら、扁額も見どころ

琵琶湖疏水の工事を担当した田辺朔郎の銅像(京都市左京区)

 疏水を研究し、ツアーなどを企画している同会代表世話人の高桑暉英(てるひで)さん(72)らが案内人。出発点となる大津市三保ケ崎の第2疏水取水口は京都市民の飲料水の源だ。「第1疏水は水運が目的。第2疏水は飲料水が目的なので、汚染防止のために全線が地下トンネル」と高桑さん。

 かつては舟が通った第1疏水沿いに歩くと、三井寺のある山側に向かって水が流れていく。上るように見えても実は緩やかに下っているという。疏水の管理者は京都市で、大津市にある水路でも看板に記してある管理者名は京都市となっているのも不思議な光景だ。

 難工事だった当時日本最長の第1トンネル(2436メートル)東口には伊藤博文による「氣象萬千(きしょうばんせん)」(琵琶湖の気象の変化は千変万化)の扁(へん)額が見える。第3トンネルまでの出入り口にかかる山県有朋や西郷従道など大物政治家による扁額は疏水の見どころでもある。第1トンネル東口にある大きな鉄扉について、高桑さんは「疏水完成後に起きた洪水で、京都へ水の流入を防ぐため扉を閉ざし、大津が水に浸った。今は使われない鉄扉は当時の教訓として残してある」と教えてくれた。

 疏水の竣(しゅん)工式と起工式を行った第1トンネル東門そばの三尾神社を参拝後、大津市小関町の峠から藤尾方面へ進み、トンネルの上から掘った第1竪坑を見学。工期短縮でトンネル途中から両側へ掘り進めるための坑だ。同行した京都観光再発見懇話会代表の亀田正昭さん(68)は「深さ45メートルもあり、湧水に苦労し、トンネル内で事故もあった。今、京都の人は当たり前に水を飲んでいるが、明治期のとてつもない苦難を忘れないで」と話す。

 京都へ抜ける道沿いに山科に入る。一燈園近くの諸羽トンネル前は桜の名所で知られるが、「実はJR湖西線工事の影響で諸羽トンネルができる前、1970年まで諸羽疏水公園内に水路があった。それが史跡の変化を嫌う世界遺産登録へのハードルになるかもしれない」(高桑さん)。

 疏水沿いに日ノ岡方面へ。第3トンネル手前で、工事の指揮を執った技師田辺朔郎が1903(明治36)年に完成させた第11号橋と日本初の鉄筋コンクリート橋の碑を見て、橋の原点を理解する。蹴上に着くとインクラインや南禅寺水路閣、蹴上発電所など関連スポットは多く、多くの観光客でにぎわっていた。蹴上広場の田辺朔郎像を眺め、高桑さんは「日露戦争前、疏水を視察したロシアの軍人クロパトキンは『日本人だけでつくったのは驚嘆に値する』と気を引き締めたらしい。全体を見るといかに大工事だったか分かる。大津から巡って明治の偉業を感じてほしい」と話した。

世界遺産登録、高いハードル 周辺庭園含め申請へ

上・京都市民の飲料水の源となる第2疏水の取水口(大津市三保ヶ崎付近)
中・大津側にある第1トンネルの東口。門の上には、伊藤博文による「氣象萬千」の扁額がかかる(大津市)
下・日本初の鉄筋コンクリート橋と碑も第3トンネル東口前にある(山科区)

 琵琶湖疏水の世界遺産登録を目指す動きも広がっている。120周年を機に京都市が申請準備を始め、経済界も機運を盛り上げる。だが、国内の暫定リストは12件あり、競争は激しい。

 市は「日本の近代化に大きな役割を果たした疏水は貴重な遺産」として、勉強会開催や調査に取り組む。120周年記念本を出した京都商工会議所は「疏水は今も市民のインフラとして生きている点が魅力。産業観光の柱となる」(南隆明・観光産業特別委員長)と期待する。

 ただ、市は史跡の少なさなどから疏水単体での申請は難しいと判断、周辺の庭園を含めて申請する方針だ。だが、富岡製糸場と絹産業(群馬県)や佐渡鉱山(新潟県)など暫定リスト入りした産業遺産候補も多く、登録へのハードルは高そうだ。

 また疏水は生活インフラの水を扱うため、柵で近づけない部分が多い。世界遺産に登録されると「水供給施設の改修ができない恐れもある」(市文化財保護課)といい、観光と市民生活の両立が課題となりそうだ。

 びわこ疏水を語る部屋主宰の中西一彌さん(82)は「世界遺産登録には投資も必要だが、今は岡崎だけに目が向いている。専門家や大津、山科を含めて考える必要がある」と指摘する。

記念館に豊富な資料

 疏水の歴史を詳しく知りたいなら、左京区岡崎の市動物園に隣接する琵琶湖疏水記念館がおすすめだ。疏水全体の立体地図や当時の作業の様子を描いた図画や写真など豊富な資料があり、映像でも疏水の概要を知ることができる。

 加藤恭子館長は「南禅寺の水路閣やインクライン、哲学の道を見に行く前に、記念館で疏水を勉強してもらうと、より観光を楽しめます」と話す。入場無料。月曜休館(祝日の場合は翌日休館)。

 琵琶湖疏水 第3代京都府知事北垣国道の提唱で琵琶湖から京都市内へ水を引き込むため、1885年に着工。多くのトンネル掘削を伴う大工事は弱冠20代の青年技師田辺朔郎が指揮。すべてを日本人が手がけた国内初の大型土木事業で1890年に完成。水力発電による電力は市電や工場に利用され、水運による物資運送などで日本の近代化と京都の活性化に貢献した。第1疏水は約11.1キロ、第2疏水は約7.4キロ。

【2011年9月7日掲載】