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精巧からくり 大津祭の曳山引き立てる

楽しさ「所望」
巡行を前に勢ぞろいする曳山。からくりの視線の高さは、2階から見物する旦那衆に向いたものだったとされる(昨年の大津祭)

 10月9日に本祭を迎える大津祭は豪華な装飾が施された曳山(ひきやま)と、曳山に仕掛けられた「からくり」の数々が見ものだ。江戸時代から受け継がれている大津祭のからくりを紹介する。

中国の故事など素材に

桃が二つに割れ、中から童子が現れる西王母山(丸屋町)のからくり。題材は、西王母が3000年に1度、1個しか実らない貴重な桃を王に捧げ長寿を祝福した、という故事と桃太郎の説話にちなむ(大津市・大津祭曳山展示館)

 桃の大樹の枝に実った大きな桃がぱっくりと割れると、中から唐子衣装の少年の人形が現れる。人形は枝の先までするすると進んでかわいらしく舞い踊り、再び桃の中に戻っていく。

 大津市の大津祭曳山展示館に展示されている西王母山(せいおうぼざん)の曳山。模型だが、中国の故事と桃太郎伝説をたくみに表現し、大津祭のからくりの精巧さ、ユニークさの一端を知ることができる。

 大津祭の曳山は13基ある。いずれも江戸時代中期までに建造された。京都の祇園祭の影響を強く受けているとされ、当時の一流画家による天井画や外国製の織物が幕類に使われるといった類似点も多い。

修理費多額 頻繁には動かせず

月宮殿山は謡曲の「鶴亀」にちなむ。唐の皇帝の前で頭に鶴と亀の冠をつけた男女が舞を披露する(写真は2009年)

 大津ならではの特色も多くあるが、その一つがからくりだ。曳山とほぼ同じ時期に作られ、祭の華となってきた。からくりの動きには、いずれも中国の故事や能、謡曲、神事などから素材を得たストーリーがある。

 大津祭ではからくりを「所望」と呼ぶ。大津祭は商人の旦那衆の祭。曳山が家の前にさしかかると旦那衆が競ってからくりを動かすことを「所望」したことからこう呼ぶようになったとされる。

 大津祭曳山連盟の事務局長を務める稲岡隆司さん(67)は「所望の場所は、今は各曳山ごとに限定しているが、私が幼いころはもっとあちこちでやっていた記憶がある」と話す。

 からくりは糸で操るため、動かすほどトラブルも増える。修理を手がける「からくり師」は岐阜などで仕事を続けているがその数は減っている。修理費用が多額になることも、頻繁には動かせない事情になっているという。

 所望場所は25か所。曳山展示館前や中央通の有料観覧席のほか、各町内の家の軒先に白と赤の「御幣」が目印として掲げられる。曳山が所望場所にさしかかると、山の責任者が「しょーもう」と声をかけ、五色布を結んだ指揮棒をつきあげる。これを合図にからくりが動き出す。

 大津祭は8日が宵宮。9日の本祭では、13基の曳山が午前9時に滋賀県庁近くの天孫神社に集合。旧市街を巡行する。

曳山とからくり

龍門滝山のからくりは鯉の滝登り。黄河の上流の龍門山の滝はどんな魚も登ることができないが、もし登ればどんな魚も直ちに昇天して竜になる、という中国の故事を再現している(写真は2009年)

▽西行桜狸山(さいぎょうざくらたぬきやま)
 花の中から仙人が現れ西行法師と問答する

▽猩(しょう)々(じょう)山(やま)
 猩々が大盃で酒を飲む

▽西王母山(せいおうぼざん)
 桃が二つに割れ中から童子が現れる

▽西宮蛭子山(にしのみやえびすやま)
 えびすさんが鯛(たい)を釣り上げる

▽湯立(ゆたて)
 山禰宜(ねぎ)がおはらいをしみこが神楽を奏でる

▽殺生石山(せっしょうせきざん)
 和尚の法力で石が二つに割れ女官の顔が狐に変わる

▽郭巨山(かっきょやま)
 中国二十四孝の一人郭巨がくわで穴を掘り、黄金の釜を出す

▽孔明祈水山(こうめいきすいざん)
 諸葛孔明が扉を開いて水を招く。水がわき上がり流れ落ちる

▽石橋山(しゃっきょうざん)
 天台山の岩石から唐獅子が出て来て花に遊び再び岩の中に隠れる

▽龍門滝山(りゅうもんたきやま)
 黄河の上流にある龍門山の滝を鯉が登っていく

▽源氏山(げんじやま)
 紫式部が源氏物語を書いたとされる石山寺の石山をかたどった岩の中から馬、御所車、かさ持ちなどが次々と現れる回り舞台

▽神功皇后山(じんぐうこうごうやま)
 皇后が岩に弓で字を書く所作をすると次々と文字が現れる

▽月宮殿山(げっきゅうでんざん)
 頭上に鶴と亀の冠をつけた男女が皇帝の前で踊る

【2011年9月28日掲載】