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旦部幸博氏 コーヒー文化の縮図は京に

旦部幸博氏 たんべ・ゆきひろ 1969年生まれ。専門はがんに関する遺伝子学、微生物学。96年から人気コーヒーサイト「百珈苑」を主宰。著書に「コーヒーの科学」(講談社ブルーバックス)など。


 日本独自のコーヒー文化。その歴史の縮図が京都の喫茶店にある。

 日本には、過去3回のコーヒーブームがあった。始まりは明治末期。パリのカフェ情緒に憧れた詩人や美術家がコーヒーを供する洋食店に集ったのを端緒に「プランタン」「パウリスタ」などの「カフエー」が銀座に開業、文人たちのサロンになった。全国への波及とともにコーヒー以外の酒やウエートレスのサービスが主体の店も増え、大衆風俗文化が花開いたが、第2次大戦時の綱紀粛正と原料生豆の輸入停止、そして戦火で衰退した。

 終戦から5年後、コーヒー輸入再開とともに第2期ブームが開幕して名曲喫茶やジャズ喫茶が巷(ちまた)を賑(にぎ)わせた。コーヒー消費量は伸びつづけ、高度経済成長が終わった70年代の脱サラブームで個人経営の喫茶店が激増、1981年には全国15万件に達した。差別化のための一杯だて抽出や自家焙煎(ばいせん)技術に関心が集まり、日本独自に深化したのもこの頃だ。だがバブル期に入ると賃料高騰に売り上げが追いつかず、冬の時代が訪れた。

 そして90年代から現在につながる第3期。バブル崩壊後の雇用低迷を背景に個人開業が再び増え、洒落(しゃれ)たランチやスイーツが売りのカフェのブームが訪れた。90年代後半のスターバックス進出を機にエスプレッソやスペシャルティ(高品質)コーヒーなどアメリカの流行が次々上陸。現在はモーニングが売りの純喫茶なども復調して多様化を呈している。

 伝統と進取の町、京都の喫茶店のはしりは西洋料理屋「八百政」だったという(現在の東華菜館)。戦禍を免れた京都には、三条「スマート珈琲(こーひー)」「イノダコーヒ」、四条「フランソア」「築地」、京都大北門「進々堂」など戦前から続く店が数多い。出町柳の名曲喫茶「柳月堂」も現役だ。スターバックス上陸35年以上前の日本にエスプレッソを紹介した草分けは、河原町三条にあった「ちきりや」だった。戦前のオランダ領インドネシアの文献を元に「はなふさ」のマスターが考案した冷水抽出のダッチコーヒーや「味処マミ」のコーヒーぜんざいなど、新たな味覚もこの地で生まれた。

 10月1日は「コーヒーの日」。83年、全日本コーヒー協会が国際取引の新年度になるこの日を記念日に定めた。昨年から世界的な「国際コーヒーの日」にも採用された。近年始まった各種コーヒー技術の世界大会では、「小川珈琲」が幾名もの優勝者を輩出。アメリカではダッチコーヒーが「コールドブリュー」の名で流行中だ。京都から世界へ、コーヒー文化の新たな波が広がる。

(滋賀医科大学内講師)

[京都新聞 2016年09月30日掲載]