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| やまさき・まさふみ 1947年、京都市生まれ。京都大工学部建築学科卒。京都、近江八幡など各地で歴史的町並みと景観保全に携わってきた。立命館大助教授を経て現職。 |
山崎正史氏 促される遺産環境の再構築
今秋、世界遺産条約締結40周年の記念行事が京都で行われる。平安建都1200年の1994年、京都の17社寺が世界遺産に登録された。筆者はその折、登録申請準備の委員会に加わらせて頂いた。思い返して感慨深い。同時に、京都の世界遺産保護がなお宿題を残していることを思う。
私たちが直面したのは、文化遺産のバッファゾーンという新しい概念であった。「寺院門前の、場所柄にふさわしくない店をなぜ遠くへ移転させないのか」。登録に先立って視察に訪れたイコモス(国際記念物遺跡会議)メンバーの発言に驚いた。日本は明治時代に文化遺産保護行政を始めた。欧米に比べて遅くはなかった。しかし基本的な考え方に違いがあった。性急で全面的な近代化推進の中でごく少数の文化財を選び、点として守る政策であった。いっぽうヨーロッパでは文化遺産は周辺環境と共に保護されなくては意味がないと考えられてきた。それがバッファゾーンなのである。
世界遺産登録のためにはバッファゾーンの保護が条件であった。既存の景観関係の地域指定を寄せ集めてその場を凌(しの)いだ。十数年の後、新景観制度発足に合わせてバッファゾーンが見直された。フランスにならって、世界遺産からの距離500メートル以内の地域がそれぞれ景観地域に組み込まれたのは前進だ。しかし、それで十分なのか、日本固有の条件と方法があるのではないか。
街の中心部に文化財が多いヨーロッパと違い、京都ではもともとは郊外の社寺が多い。社寺へと続く参道があり、門前の町並みや、品の良い参道景観が営まれてきた。例えば清水寺への参道は、元の五条橋である松原橋から始まっている。社寺と共に生きてきた集落が付近にある場合もある。遠方から社寺を眺めたときに一帯として目に映る範囲や、時に遠方にとどく社寺境内からの眺めも大切だ。
京都の世界遺産を訪れる人々の求めるものは、ラスベガスやハワイへの観光とは別種だ。門前の町もそこを理解することがかえって利益に繋(つな)がるのではないか。バッファゾーンは単に緩衝地帯と考えるべきでなく、文化遺産と共に互いに他を生かし合う地域という理解こそ大事だろう。明治以降、日本人が忘れてきた文化遺産環境の再構築を、世界遺産が促しているように思われる。
(立命館大教授)
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