ソフィア 京都新聞文化会議 京都新聞電子版へ

伊東久重氏 鉾の守護神 世代越え制作
いとう・ひさしげ 1944年、京都市生まれ。同志社大在学中から人形制作をはじめ、国内外で作品を発表。今春、佐川美術館で回顧展開催。同志社女子大非常勤講師。

 祇園祭の鉾に「天王さん」と親しみをこめて呼ばれる守護神の人形があります。「くじ取らずの鉾」といわれ、古来より山鉾巡行の先頭を行く長刀鉾は、地上25メートルほどの鉾先に疫病退散の願いを込めた大長刀を付けています。その下5メートルほどの所に守護神の人形「和泉小次郎親衡(ちかひら)」像が付いています。
 和泉小次郎親衡は、小舟を操り、三条小鍛冶(かじ)宗近作の大長刀を振るい、山河を縦横無尽に駆け巡ったといわれる、強力無双の源氏の武将です。ある日戦いの無常を感じ、大長刀を八坂神社に奉納し何処(いずこ)となく消えていったといわれています。その後この大長刀をもらい受け、鉾先に飾ったのが長刀鉾です。このことから長刀鉾町では和泉小次郎親衡を守護神と崇(あが)めるようになりました。
 この和泉小次郎親衡をうつした人形は、もとは享保11年(1726)にわが家の祖先桝屋庄五郎が作ったもので、高さ23センチ、侍烏帽子(えぼし)に直垂姿で右手に大長刀を持ち、左肩に小舟を担いだ勇壮な姿をしています。眼光鋭く正面を見据えるこの人形は、長い年月、山鉾巡行の先頭に立ち、世の中の移り変わり、人々の喜怒哀楽を見つめてきました。
 その後、この人形は痛みが激しいため、228年の大役を終え昭和28年に引退しました。翌年のお祭りからは祖父により復元新調された人形が飾られていましたが、昭和60年の鉾建ての時、鉾が横倒しになり人形の首と手が折れるという思いがけない事故が起こりました。
 その年は応急処置を施し巡行されましたが、新しい人形を作ることとなり私に制作の依頼がありました。庄五郎のものは220年以上も夏の強い日ざしを受け風雨に曝(さら)されてきたため、顔の彩色は剥(は)げ落ち、装束も一部を残しただけの木片になっていましたが、幸いなことに祖父の作った人形は壊れてはいるものの、目や口の筆跡ははっきり残り装束も崩れていませんでした。そこでこれを参考にして制作に取り掛かりました。
 この人形は守護神となり後世に残るものです。責任は重大ですが人形師としてこれに優る名誉はありません。先祖の作ったものに負けない人形をと精進を重ね、11カ月をかけ完成しました。
 長刀鉾の守護神として鉾の真木(しんぎ)に飾られ、夏の太陽を受けキラッと光り輝いた人形を見た時、万感胸にせまり目頭が熱くなったことが今も昨日のことのように思い出されます。
(有職御人形司十二世)

[京都新聞 2009年07月12日掲載]