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川添信介氏 政治的手段の学問に異論
川添信介氏 かわぞえ・しんすけ 1955年、佐賀県生まれ。京都大大学院文学研究科博士課程修了。専門は西洋中世哲学史。著書に『水とワイン 西欧13世紀における哲学の諸概念』など。

 最近、フランスの友人が編集した『ギリシア人・アラブ人・われわれ-学問的イスラーム嫌悪』という論文集を読んだ。これは2年前に出た同じフランスの歴史家グーゲンナイムの『モン・サンミッシェルのアリストテレス』という話題作への反論と読んでよい書物である。
 ヨーロッパ世界は、12世紀までは地中海世界の後発地域だった。アリストテレスを中心とするギリシアの文明・学術はいったんイスラーム世界に移され、それが12世紀にラテン語に翻訳されたことによってヨーロッパ世界の学術は再活性化し、近代科学を生み出すことによって世界文明の地位を占めることになった。イスラーム世界からのインパクトがなければ今日のヨーロッパ文明はなかったというのが、いわば「学界の常識」であった。
 グーゲンナイムはこの見方に異議を唱え、アリストテレスの著作はモン・サンミッシェル修道院(あの有名な観光地)などにおいて連綿と継承されてきたことを強調し、イスラーム世界がヨーロッパ文明の成立に対して持っていた影響を最小限に見積もろうとするのである。ヨーロッパ人はイスラーム世界に負い目を感じる必要はないのだと言おうとしているかに見える。
 フランスの友人たちは、さまざまな具体的事実を指摘しながらこのグーゲンナイムの歴史観を批判しているが、根本的にはこの歴史家が自分の立場に「学問的」な装いをまとわせていることにいらだっているように見える。
 最初は安価な労働者として呼び寄せ、現在は400万人と言われる旧植民地のアラブ系移民をかかえているフランスの一般社会の中には、相当はっきりした「イスラーム嫌悪」の雰囲気がある。その漠とした気分にこの「学問的」啓蒙(けいもう)書は間違ったお墨付きを与えていることへの批判、そして、学問が政治的立場の正当化のための密(ひそ)やかな手段とされることへの異論が読み取れる。この論文集の副題の「イスラーム嫌悪」に付された「学問的」という形容詞は「巧妙な」と訳してもいいものなのである。
 これはフランスだけの話ではないだろう。人文学であっても学問が完全に非政治的であるというのは幻想であるとしても、書物を書く側も読む側も心すべきことがここには表れている。あの美しいモン・サンミッシェルが少し違って見えそうである。
(京都大大学院文学研究科教授)

[京都新聞 2010年07月11日掲載]