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三浦基氏 国際都市・京都に現代劇場を
みうら・もとい 1973年、福岡県生まれ。文化庁在外派遣研修員として2年間パリで研修。2008年度京都市芸術文化特別奨励者。10年度京都府文化賞奨励賞。劇団地点代表。

 京都会館の改修計画がもちあがっている。この機に創造環境が整備されれば、京都の演劇シーンはますます盛り上がるだろう、という期待は大きい。国内外から良質な舞台芸術作品が京都にやってくるようになれば、それは京都に住む人々の、無形の財産となるはずだ。一方で私は、施設が完備されれば劇場文化がおのずと定着する、という楽観は捨てている。
 劇場は育てるものだ。建物が人を育てるのではない。人によって建物は育つ。家と同じように。そして劇場は50年、100年といった個人の就労年数を超える長期的スパンで計画されなければならない。
 中世から伝わる劇場文化が浸透している西欧と違い、日本における演劇の歴史は複雑だ。能や歌舞伎といった伝統芸能が継承されている一方、日本の近代化に伴い輸入された近代劇、それを継ぐ現代劇が西欧的文脈からどれだけ解放され、独自に発展できたかと問われれば、答えに窮することになるだろう。
 平たく言えば、私たちは独自の演劇文化、劇場文化を持つに至っていない。能楽堂や歌舞伎小屋が様式化されているのに比べれば、多様な劇場形態の中から、日本の、京都の劇場はこうあるべきだという建物のイメージを共有することすらできない程、その状況は混迷を極めている。
 では今、京都会館改修に何を望むか。
 京都市の文化施設に、元明倫小学校を活用した京都芸術センターがある。その明倫小学校が開校したのは1869(明治2)年だという。遷都によって危機感をつのらせた町衆が「教育」に活路を見いだし、国の改革に先んじて建てた番組小学校の一つだ。その財産は150年近く、引き継がれていることになる。建物の価値について語っているのではない。先進性と自主性のスピリットについてである。
 今こそ、この先進性と自主性がいかんなく発揮されなければならない。50年目にして巡って来たチャンスという。私たちは、少なくとも、向こう50年を見通した劇場の姿を思い描かなくてはならない。京都から舞台芸術を発信する新しい拠点が必要だ。劇を創(つく)り、人を招くことのできる「家」。400席で充分だ。教育という概念に望みを託したように、「芸術」という概念に挑戦する好機に私たちは居合わせているのではないだろうか。
(演出家)

[京都新聞 2011年10月23日掲載]