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中村美知夫氏 申年にサル学半世紀を思う

中村美知夫氏 なかむら・みちお 1971年生まれ。タンザニアでのチンパンジー研究を始めた西田利貞氏に師事。20年以上、現地での調査を続けている。著書に「チンパンジー」(中公新書)など。


 私の研究室の近くにこぢんまりとしたおでん屋がある。
 自分は2代目で、店はもう80年くらい続いている-おしゃべり好きの女将(おかみ)は、京都人らしい控えめな口調で、それでもどこか誇らし気に、そう語った。
 「へえ、老舗ですね」と言うと、即座に否定された。女将によれば、京都では100年を超えて初めて「老舗」と言えるのだそうだ。
 研究にも新旧がある。
 私が携わっているタンザニア、マハレ山塊での野生チンパンジー研究は、昨年で開始から50年を迎えた。世界的に見ても最も古い調査地の一つである。
 いわゆる日本サル学は、1948年に国内でのニホンザル研究を開始し、その10年後にアフリカへと進出した。アフリカにはニホンザルよりも人間に近い類人猿(ゴリラやチンパンジー)がいるからだ。そうした中で65年に開始されたマハレでのチンパンジー研究が成功を収め、現在に至る(詳細は拙著『「サル学」の系譜』〈中公叢書(そうしょ)〉を参照)。
 当時、ほとんど何の情報もなかったアフリカでのフィールド研究は、まったく「新しい」学問だった。「未開拓」という新しさは、パイオニア精神を持った若者たちをひきつける。こうした若い力を補充しながらサル学は大きく発展していった。
 私がチンパンジーの研究に携わるようになったのは90年代の半ばである。すでにサル学の創始者たちは第一線を離れ、第2世代の研究者たちが主要な研究室の教授となっていた頃だった。
 それから20年余、現在では私自身が学生を指導する立場になっている。学生たちを見ていると、自分たちの研究に「新しさ」を見いだすことに苦心しているようにも見える。たしかに何でも新発見であった50年前とは異なり、現在ではまったく「新奇なもの」に出合うことはそうそうない。
 ただ、そうした表面的な「新奇さ」だけが本当の新しさなのか。たとえば京都という古い街がいまだに新しさを失わないように、長い間蓄積され、熟成されたものの中からこそ生まれる新しさもあるはずだ。伝統の中から新しい発展がある-そのくらい「古いもの」を生かせるのが本当の「老舗」ということなのかもしれない。
 そう考えると、なるほど、わずか50年程度のマハレが「老舗」を気取るのはまだまだおこがましい。申(さる)の年の初めにあらためて襟を正した。

(京都大学野生動物研究センター准教授)

[京都新聞 2016年01月08日掲載]