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731部隊の名簿を開示

 政府が廃棄した、存在しないと言っても、核心の文書はまだどこかに眠っているのではないかー。防衛省の日報隠し問題や森友問題などで、公文書管理の在り方が今、厳しく問われている。70年以上前の出来事に対しても、日本の公文書管理の姿勢が検証の壁になっている。戦時中、細菌戦のため京都帝国大医学部出身の医師らが旧満州で実験した関東軍防疫給水部(通称731部隊)について、隊員の名簿を国立公文書館が今年、ほぼ開示したが、その過程には課題が山積し、他に関係文書が存在する可能性も闇の中だ。

明らかになった731部隊の構成
明らかになった731部隊の構成
明らかになった731部隊の構成
明らかになった731部隊の構成

人体実験疑われる部隊名簿  3年前 黒塗り多い「部分開示」

米議会図書館所蔵の731部隊についての「Q報告」。ペスト患者らの解剖記録が多数含まれ、1973年機密解除された
米議会図書館所蔵の731部隊についての「Q報告」。ペスト患者らの解剖記録が多数含まれ、1973年機密解除された

 2011年の公文書管理法施行を受け、厚労省は戦没者等援護関係資料を15年度までに国立公文書館に順次移管すると発表した。軍人軍属死没者原簿、開拓団在籍名簿、引揚者在外事実調査票など、延べ2千万人の記録。731部隊留守名簿も含まれていた。公文書廃棄などずさんな扱いを反省する公文書管理法は、国民の生きた証である公文書を、次代へ引き継ぎ検証に耐えるものにする画期的なもののはずだった。

 ペストを投与した人体実験の疑いがある論文の検証を要請している「満州第731部隊軍医将校の学位授与の検証を京大に求める会」(京都市中京区)事務局長の西山勝夫滋賀医科大名誉教授が、2015年に731部隊や1855部隊、9420部隊など防疫給水部隊の「留守名簿」開示を国立公文書館に請求。だが、親族の氏名や住所など多くが黒塗りされた部分開示でしかなかった。

 理由は「時の経過を考慮しても、個人の権利を侵害する恐れ」とされていた。西山さんは「他の部隊の名簿は公開されている」となど交渉し、ようやく今年1月、ほぼ全面開示された。

 留守名簿は、部隊員の氏名と家族の連絡先の一覧だ。731部隊のように終戦直前、組織的に文書を廃棄した場合、さまざまな機関に散らばる断片的な資料を照合したり、証言を裏付けたりするには、氏名という糸をたどることが欠かせない。

交渉の末、3607人の情報判明  今年1月 人名が「闇」照らす鍵

 今回の開示された731部隊留守名簿は今後の検証の礎となる貴重な1次資料だ。軍医52人、技師49人、雇員1275人、衛生兵1117人など、計3607人の氏名や生年月日、軍編入日といった構成全容が判明した。表紙には「GHQ」の印があり、占領期に連合国軍総司令部が押収したことがうかがえる。

 731部隊で細菌兵器研究を指揮した部隊長の石井四郎中将は京大医学部出身。名簿には、京大医学部の助手・講師クラスで731部隊に派遣され、研究した医師の名前が並ぶ。731部隊で凍傷の人体実験を行い、戦後は京都府立医科大学長になった吉村寿人教授の名前もある。

 また検証を求める会の西山名誉教授らは、京大大学文書館から、戦後に京大医学部長を務めた故岡本耕造名誉教授ら京大医学部の講師クラスの研究者6人が731部隊派遣を発令された日時や旧陸軍での階級を特定できる「学報」(1938年・京大庶務課)も発掘した。

 731部隊が行った実験の記録は、米国が占領期に行った尋問調書や持ち帰ったペスト菌、炭疽菌などを注射するなどした解剖記録(ヒル・レポートなど)が米国で機密解除されており、米国立図書館で閲覧できる。岡本名誉教授の「実験のため使用された500体を解剖した」との調書も含まれている。日本側は資料が乏しい。

 出身医師関わった京大  戦後70年以上、未検証

 同会は京大が731部隊所属の医師ら計34人に学位を授与した経過と論文の内容も調べている。医学論文だが軍事機密だったものも多い。

 論文の中には、731部隊の平澤正欣軍医(戦死)が京大に提出した博士論文のように、ペスト菌を「さる」に感染させる特殊実験と書かれているが、「さる」が頭痛を訴えるのは不自然▽グラフにある体温がサルでは必ずしも高熱といえないーなど、人体実験だった可能性が強く疑われる論文が含まれているという。

 京大から学位を授与された医師たちの多くは戦後、医学部教授や製薬業界などの要職を歩んだ。

 京大にも「学報」「教員個人調」など731部隊員の履歴の一端を知りえる文書資料が眠っていた。京大大学文書館の「学位授与関係書類」などで、ペスト感染実験が「さる」ではなく「人への感染」と受け止められていたことを示唆する資料も見つかった。京大は戦後70年以上、731部隊に人材を供給してきたことの歴史的検証に取り組んだことがなく、資料の調査が求められている。

国家の情報隠し許さぬ制度を

 歴史の検証と次世代への説明責任として、官庁がどのような文書を公文書館に移管し、何を破棄するのか。米国やフランスでは公文書館には歴史的な資料の収集や管理を行う専門職「アーキビスト」がおり、中立的に価値を判断し、仕分けする制度になっている。しかし日本の法制度は、官庁の裁量が優先してしまい、公文書館側は人員も予算も貧弱だ。どの文書を残すべきか、行政知識や歴史学の識見があるアーキビストの養成も課題だ。

 今回の731部隊留守名簿のケースでは、開示を請求してから決定結果が通知されるまでに長い日数がかかっている。これでは学術研究も進まない。「時の経過」で開示できるはずの公文書も、特定秘密に指定されると、60年も非開示にしうる。

 もう一つの課題は、資料が存在するのに、膨大な資料が未調査のまま、「不存在」だとされるケースだ。

 731部隊資料の一部は、50年代に米国が日本政府に返還したとの米側の証言(1986年、米国防総省記録管理部長)がある。防衛庁(当時)は米軍から旧軍資料の返還を受け「防衛研究所で約4万件を保管している」と参議院で92年に答弁したが、731部隊の「活動状況を示す資料は現時点まで確認されていない」「調査に膨大な時間を要するのでお答えは困難」としてきた。未公開なのか探していないのかあいまいなまま、宙に浮いている。

 調査するスタッフや予算が不足し、せっかく寄託された歴史資料が箱に入ったまま、内容調査もされず書庫で眠るケースは大学の資料館や民間の資料館でも共通の悩みだ。アーカイブは未来への責任でもある。フェイク・ニュースや歴史認識問題が世界を揺るがす中、信頼できる1次資料の重みは増している。

【2018年4月24日掲載】