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第1部「在宅と自立の挑戦」

(1)生きた証を残す 〜あきらめていいの?と妻は言った
リハビリのために始めた絵画(中央)で、風景や自然を極限まで細かく描く。冨山さんにとって「呼吸器は大切な身体の一部」だ(亀岡市の自宅)
 最初に異変に気付いたのは妻だった。食事の最中にはしを落とすようになった。家でよくつまずく。八年前。亀岡市の冨山実則さん(六三)は筋委縮性側索硬化症(ALS)と大学病院で告げられた。「二、三カ月で歩けなくなる」。そんなばかな。言葉通りになった。
 ALSは進行性の神経難病で、突然襲ってくる。五感や意識は保たれるが、全身が動かなくなっていく。食べる、話すといった機能が衰え、息も苦しくなる。治療法は分かっていない。
 医師は宣告した。「半年持たない」。唐突に「死」と直面した。気管を切開して人工呼吸器を付けるかどうか。選択に苦しみ抜いた。
 呼吸器を付ければ延命できる。しかしALS患者の六割以上が付けずに亡くなっていく。家族の重い介護負担。寝たきりで意思疎通も困難になる将来への不安。一度装着した呼吸器は医師らが外せば罪にも問われうる。
 妻は言った。「そんなに早くあきらめていいの? 同じ半年なら、家に帰って楽しんだら?」
 とことん生きるか。でも二十四時間介護は妻もしんどいし、僕もしんどい。仕事に専念できる時間は彼女にプラスになるだろう。「仕事を辞めるな。仕事を続けることが条件だ」。呼吸器装着を決めた。

呼吸器付け8年に

 発声補助器を使えば短時間なら話せるという。冨山さんは電動車いすに乗って出迎えてくれた。
 朝から夜まで一人で過ごす。ヘルパーは毎日二時間だが、月二十七人が入れ替わる。食事法ひとつその度に伝えなければならない。薬の手渡しもだめと言う。停電時の呼吸器の問題…。
 技術屋だった才を生かし、車いすを改造して重い呼吸器を取り付けた。前例がない、安全を保証できないとメーカーは外出を止めた。「装着した人は外出しない前提なんですね」。呼吸器を飛行機に持ち込み、外国へ旅にも出る。その風景をパソコンで描く。
 沖縄の海では心が震えた。波打ち際の船まで島の青年が背負ってくれた。底のガラス越しに見たさんご礁の透明な世界−。
 「すいません、ちょっと息が苦しくなってきました」。三十分以上も話し込んでしまった。
 妻は夜二時間ごとに起き、床ずれにならないよう寝返りさせる。余命半年の告知から八年。「ラッキーです。僕はついている」。感謝の一方で、こんなメールも来た。
 「病気が進み、自分でたん吸引できなくなると二十四時間看護が必要です。知っているヘルパーさんに医療行為ができる人は皆無。助けてくれるボランティアもいない」
 息が苦しくても記者に会い、思うように動かない指でメールを打つ。
 「同じ生きるなら、この世に生きた証を人のために何か残したい」
 インターネットに「極私的ALS日記」というホームページがあった。数年先まで、という闘病の日々を「ベア」さんという人がつづっていた。
 生を支えるはずの社会保障が揺らぎ、医療と福祉の冷たい谷間に置かれながら、しなやかに、あるいはしたたかに生きぬく人がいる。在宅で生きる人、生きざるを得ない人。強い風にさらされても、葦(あし)は立つことをあきらめない。(社会報道部、写真報道部「折れない葦」取材班)

死見つめ 創意で挑む

胃に接続したチューブに、自力で薬を注入する谷岡さん。声を失ったが、ネットに日記を綴る(埼玉県越谷市)
 「人工呼吸器の装着を拒否」。その「意思確認書」が「ベア」さんのホームページ・極私的ALS日記に表示されている。
 進行性の神経難病・筋委縮性側索硬化症(ALS)で、一年前に声を失った。一人暮らし。手術で胃にチューブを接続し、栄養液を摂取する。つるしたパックにビールや焼酎を混ぜ「晩酌」もする。
 日記にあった。〈ほんのり汗が出てきた。確かにほろ酔いだ。飲んでないのに酔いがくる。これは「飲む楽しみ」にあたるのか? まだまだ実験を続けなければいけないようだ(笑)〉
 呼吸器を付けなければ「数年の命」だという。会いたい。メールを出した。
 埼玉県越谷市の自宅を訪ねた。名刺を渡すと、床を指す。彼の名刺があった。谷岡康則さん(五三)。職業はフリーのライター。足が衰えてしゃがめない。取材に応じるのも大変そうだ。
 谷岡さんがキーボードに指をはわす。〈大丈夫。苦しい時は言う〉
 弱った手でハサミを使い、栄養液のパックを切りボトルに注ぐ。ひもをボトルにかけ、井戸の釣瓶のようにつり上げる。お腹のチューブに接続すると、黄色い液が流れ込んだ。
 手伝おうとすると、画面に〈こうやって苦労しているのも現状なので、見守って下さい〉。
 粉末の薬を手で開封できないが、クリップと板を活用。薬を注射器に入れる。お湯で溶けない薬もあるが、注射器を回しながらまぜてチューブに流し込む。名付けて「回転重力利用法」。
 四十分はかかったか。食事と薬の準備は創意の連続だった。手が衰えても出来るよう、入院中に「技」を編み出した。いくつかは介護の現場で広まりつつある。そう書く谷岡さんは得意げだ。
 途中で栄養液があふれ、シャツをぬらした。〈ええ格好しようとして、チューブ締めるのを忘れると、今のように失敗します(笑)

 「ALS?おもろいやないけ」という気持ちがあった

 進行する病を思えば投げ出してもいい日常に、限界まで挑む。〈「ALS? おもろいやないけ」という気持ちがあったと思う〉
 今を生き抜こうと戦う姿と、延命措置拒否の考え方がつながらない。
 高知の実家に高齢の母がいて、谷岡さんの妻と息子が介護している。谷岡さんが呼吸器を付けて寝たきりになれば、家族の負担が重すぎると言う。
 〈患者は思いやられる側でしかないというのは間違いで、家族全体を思いやる責務が私にある〉
 息が苦しい時の〈切迫と絶望〉。恐怖という言葉もあった。〈リタイア通路があれば、呼吸器付けて意思疎通できるギリギリまで生きたいさ〉
 生の尊厳、福祉の貧困…議論を重ねた。迫る死を見つめる人の深い思考と葛藤(かっとう)に、返す言葉がない。
 〈私の決断が正しいとか間違っているとか言ってほしくない(笑)。笑い、ごまかすしかないですね〉
 日を置いて、もう一度尋ねた。延命拒否の考えは変わりませんか? メールが返ってきた。
 〈結論が変わる可能性はあります〉