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第1部「在宅と自立の挑戦」

(2)「医療」のすき間で揺れ 〜法の壁、家族は限界
「彩さん、吸引するよ」。2、3時間ごとに母は細い管を口に入れる。重い負担を家族が担う
 折からの寒波に、琵琶湖岸の住宅地は雪が積もっていた。守山市の自宅を六年ぶりに訪ねた。「彩ちゃん、覚えてる?」。ベッドで天井を向いたままの瞳が少し動く。
 脈拍や血中酸素を測るため左の親指に付けられたモニターが鳴った。母親の岡崎みきさん(四五)が管をのどに慎重に入れる。「彩さん、たんを吸引するよ」。彩ちゃんから彩さんに変わっている。中学二年だった少女は十九歳になっていた。
 三歳の誕生日を二週間後に控えた朝だった。居間からうめき声がした。菓子箱が開いている。のどをつまらせる幼子。吐かせないと。必死になって口に指を突っ込む母。父親の敏夫さん(四四)は両足を持って彩ちゃんを逆さにする。救急搬送。蘇生(そせい)措置を終えた医師が小片を見せた。三つに割れたピーナッツ。気道で横倒しになっていた。
 体幹機能障害。彩さんは低酸素脳症の後遺症で体がまったく動かず、言葉を失った。
 脳波を測ってもらったときの衝撃を母ははっきりと覚えている。「視覚や聴覚はあるようです。でも感覚を認識しているかどうかは分かりません」。冷静な医師の声。
 食べたり、飲み込んだりできない人は二十四時間態勢で吸引や注入をしないといけない。医師や看護師以外の医療行為は禁じられている。一昨年の春から彩さんの通う療育施設「こなん通園」(栗東市)では、鼻のチューブから薬や栄養液を職員も注入する。違法行為かどうか「グレーゾーン」だと言う。
 国は昨年、二十四時間吸引の必要な人に、家族以外でもたん吸引ができるとする見解を出した。しかし彩さんを引き受ける施設は少ない。
 頼っているヘルパー事業所は訪問看護師が家にいることを条件にやってくる。事故が起きても対応できないし、研修していないので吸引もできない。支援費は六十時間分以上あるが、今は週一回の入浴介助だけだ。腰を悪くしたみきさんが送迎サービスを頼んだときのこと。「いいですよ」と言った事業所が数日後、断ってきた。「責任問題とかありますし…」

 「吸引要らない」。母はうそをついた

 養護学校に入学した時もそうだった。六年前。たん吸引の必要な児童の通学問題を取材して、彩さんに初めて出会った。
 彩さんは小学部五年から八幡養護学校(近江八幡市)に通い始めた。当時、吸引の要る子は校内にも親が付き添わなくてはいけなかった。幼い弟が二人。みきさんはつきっきりになれない。
 「吸引は要らない」。母はうそをついた。校門を入る前にできるだけ吸引し、教師に娘を渡す。
 授業中に彩さんはのどをつまらせる。教師は背中をたたくのが精いっぱい。大事に至ることはなかったが、実は母は学校の裏で二男を遊ばせていた。いざという時に備え、ポケットベルをしっかり握りしめ。
 「医療行為」のあいまいな定義に揺れ、母と娘は制度のすき間を歩んでいる。彩さんが卒業して一年後。学内でも生徒が訪問看護制度を利用していた八幡養護学校に昨年の春、看護師が配置されるようになった。

この子は分かってるのではないか 自分のペースでゆっくり成長していたんだ

成人式の晴れ着を着た彩さん。「彩さん、聞こえる?」。心の深淵を信じて、母は語り続ける(守山市の自宅)
 深夜零時。ベッドの横にふとんが敷かれた。守山市の自宅で岡崎彩さん(一九)と目線を合わせ、母親のみきさん(四五)は息遣いとかすかな動きをくみ取ろうとする。薬の注入は三時間ごと。呼気の微妙な変化を感じ、たんは二、三時間おきに吸引する。「彩さんはお母さんのこと、いつも一緒にいる誰かと思ってるの?」
 三歳を前に低酸素脳症となり、手足の自由と言葉を失った娘がかすかな寝息をたてる。「たわごとだと思って聞いてください」。母が語り始めた。
 彩さんの前でこの子がしんどいと私も寝られないと言って夫にあたった時、彩さんが熱を出した。
ショートステイの利用を考え、彩さんに「びわこ学園(重症障害児者施設)に行こうよ」と言った時も高熱。この子は分かってるのではないか。自分のペースでゆっくり成長していたんだ。私は彼女のシグナルをようやく受け入れることができるようになった…。
 そう思えるようになるのに十七年かかった。
 追い出されるように大学病院を退院した三歳の夏。写真を撮った。ろう人形のような顔。一点を見つめて動かない目。「この子は人形になってしまった」。おしゃべりで、弟が生まれた時には何度も「おねえちゃんと呼んで」とねだった子が。
 四年前、彩さんは脈拍が早くなる発作を起こした。医師は気管切開を勧める。手術をすると呼吸が楽になる半面、永久に声を失うかもしれないと言われた。「彩さんは言語で表現できなくても、悩んだり、考えたりしてるかもしれない。私の一存で決めてもいいの?」。踏み切れなかった。

聞こえぬ声探し続け

 周りにいる人も彼女の声を探し続けている。
 「子の心を知りたい」。八幡養護学校(近江八幡市)で担任だった小倉義昭さん(四一)は自分の鼻にチューブを入れてみたことがある。鼻を通る時の痛み。ごつごつした異物感。栄養液をチューブに注ぐと、知らない間におなかが膨れる。「こんな状態でいつも笑顔を見せてくれていたのか」
 彩さんの通う「こなん通園」(栗東市)の責任者築田周さん(三五)は彼女の状態を見るのに、どうしてもモニターを目安にする。医学的な数値につい目が行ってしまう。
 わずかだが、彩さんには動きがある。最近になって気付いた。外部と遮断した部屋でリハビリを受けていると、彩さんが体のしんで何か感じている雰囲気がある。まぶたを動かしたり、唇を開いたりすると、築田さんは「どうしたの」と呼びかける。きっと彼女は何かを感じ、伝えようとしているはずだ。
   十七年かかって、母は前を向けるようになった。私たちもいずれ老いる。娘の施設入所を決める日が来るかもしれない。でも彩さんの声を聞き、話しかけながら、歩めるうちは歩んでいこう。
 一月九日。「レンタルでいいのに」とみきさんが言うのも聞かず、夫の敏夫さん(四四)が紺色のはかまを買ってきた。彩さんの成人式。
 おめでとう。晴れ着を身にまとい、彩さんが白い花のように輝いた。