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第1部「在宅と自立の挑戦」

(3)救急現場で「命」選択 〜あの医者に伝えたい。私たち幸せ
病院の救急処置室。突然の事故や急病で駆けつけた家族に、医師の語る言葉は重い
 「手術がうまくいっても植物人間は免れない。どうしますか?」
 駆けつけた京都市山科区の病院で、平井由貴子さん(六〇)は医師の言葉に憤った。どうしますかって? 「とにかく助けてやってください」
 医師は重ねた。「気持ちは分かりますが、長い年月世話していくことを考えてください。僕はこれ以上、植物人間をつくりたくない」
 大学を卒業し、市内の出版社に勤めて一年。一九九六年三月、二十五歳だった平井淳さんの車は雨でスリップし、対向の市バスに衝突した。
 手術は成功したが、呼び掛けても反応がない。動くことも食べることもできない。月の光もない真っ暗な海に二人で舟で漂っている−そんな思いに母親の由貴子さんはとらわれた。
 全裸で介護される息子をみるのはつらかった。生きていて、との願いが揺らぐことはなかったが、救急医の言葉に長く苦しんだ。あのとき、なぜ医師は「命を救う。別の選択はない」と断言してくれなかったのか。
 リハビリ先を求めて転院を繰り返す。年が明けて、右手が動いた。じゃんけんをしよう。「お母さん、パーやけど?」。淳さんはチョキを出した。回復は急だった。言葉も戻った。
 今年一月。車いすの淳さんと会った。「音楽を聴くのが好き」。入院中、お母さんの声は聞こえていた? 「覚えてない」
 母はあの医師に伝えたい。わたしたち幸せに暮らしている。負け惜しみでなく。
 「植物人間という言葉は人にも植物にも失礼だと思いませんか」と由貴子さん。医学用語で「遷延性意識障害」という。

回復信じ呼び掛ける

 シュワッチ! とウルトラマンのまねをした作業療法士に、知子さんの表情が初めて動いた。事故から一年五カ月。無反応だった知子さんがにこっと笑ったとき、母は泣けて泣けて仕方がなかった。
 ケーキ職人を目指す奥村知子さんはいつも笑い、歌っている十九歳だった。二〇〇二年四月。京都市北区の自宅近くで車にはねられた。
 「脳は豆腐をぐじゃぐじゃにした状態」と病院で言われた。命はとりとめ、集中治療室を出る。母の浩子さん(六二)は声を掛け続けた。
 ひと月が過ぎて病院が言ってきた。「ウチでできることは何もない」。無言無動で表情もない娘を抱え、家族は脳機能障害に詳しい病院を探し、転々とした。意識障害にどういう治療があるのかさえ、救急病院は教えてくれなかった。
 同じ境遇の人たちでつくる「家族会」と出会い、長期の遷延性意識障害から回復した例のあることを知る。そして五カ月目。医療スタッフが叫んだ。「お母さん、目で物を追ってますよ」−。
 もっと早い段階でリハビリを受けていれば…。一方で浩子さんには、回復の願いに加えて、新しい価値観も芽生えた。「今の一日一日、人である限り、娘の世界を豊かにしてやりたい」
 事故から三年。音楽療法のクラシックが流れる自宅に知子さんの笑顔があった。心が通じあっている実感が母にはある。次の目標は口から食事を取ること。
 「いつかお母さんと呼んでね」。歩みはゆっくりだが、娘の笑顔が家族を支える。

死の法制化に揺らぐ生

臓器移植法改正案の提案者らを招き「脳死」や自己決定の問題が議論された市民シンポジウム(2005年11月、東京都品川区)
 六年間も「植物状態」と病院に言われながら、意思疎通できるようになった人がいる。
 さいごの びょういんのことは おぼえてます
 五十音や数字を書いた透明なアクリル板を前にして、藤井正樹さん(三七)=東京都目黒区=が眼で字を追う。母の恵三子さん(六二)が一つ一つ読み上げる。
 正樹さんは十六歳の時に交通事故に遭った。転院を重ねて六年。「意識はある」と母は確信していた。あるリハビリ病院で、眼をパチッとつぶることで伝達する訓練を試みた。「おかあさん これからいきていくのがたいへんだ」。そう文字盤から字を選んだ。
 プロレスの話を正樹さんとした。眼とわずかに指先が動くだけ。身体的には今も最重度の障害者だが、生きることに前向きだ。
 「伝達する機能が閉ざされているだけなのに、医療側は意識がないといい、無駄な生のように語る。そのことが恐ろしい」と全国遷延性意識障害者家族の会の事務局長でもある恵三子さんは危ぶむ。臓器移植法の改正や尊厳死法制化の動き。「どんな生にも尊厳があり、尊重されるという考えが危うくなっている」
   遷延性意識障害は▽自力移動ができない▽簡単な命令に応じられるが、それ以上の意思疎通ができない▽自力摂食ができない−といった六項目が三カ月以上続く状態を指す。家族会は生の尊厳を否定するとして「植物状態」という言葉を使わないよう求めている。
 交通事故、脳卒中、医療過誤、犯罪被害…原因は多様だ。年々増えており、全国に推定で約二万人といわれる。全国的な調査は昨年度から始まったばかりで、京都でも実態は把握されていない。

なぜ生きることが苦痛なのか 誰にとって苦痛なのか

 人生の中途で脳にダメージを受けた遷延性意識障害者は臓器移植医療でいえば「ドナー(臓器提供者)になったかもしれない人」でもある。「脳死は人の死か」をめぐり、議論を呼んだ臓器移植法の成立から九年。日本の脳死移植は現在まで四十例。「ドナー不足が深刻だ」といった声を背景に、与野党から三つの改正法案が今年、国会に提出される見込みだ。
 河野太郎議員(自民)らの案は「脳死を人の死」として「拒否の意思表示が本人にない限り、家族の同意で臓器を摘出できる」と条件を大きく緩和。意思表示できる下限年齢も現行の十五歳から十二歳に引き下げる。
 尊厳死法案は超党派の国会議員連盟が提出を目指している。議連の骨子案は▽末期状態で生命維持措置を受容するかどうか、自己決定する権利がある▽自己決定に基づく場合、医師は法的責任を問われない−とし、意識の回復する見込みがない「植物状態」も末期状態に準じると記している。
 「なぜ生きることが苦痛なのか。誰にとって苦痛なのか」「なぜ死なないと尊厳が守れないのか。命に価値の差はあるのか」。「死ぬ権利は弱いものを『死なせる』権利に置き換わる」。東京で昨年六月にあった尊厳死法制化反対の集会では重度障害者や難病患者から懸念の声が相次いだ。
 昨年、厚生労働省で「終末期医療の検討会」について尋ねた際、担当者から「死亡前一カ月間の入院医療費」のコピーを渡された。年間で約八千億円。無駄遣いと言いたいのだろうか。「参考です」と官僚は答えた。