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第1部「在宅と自立の挑戦」

(5)模擬社会の外に出たい 〜無名の障害。自分たちで訴えていく
大学病院のリハビリ室に毎週通う。意見を出し合って、千羽鶴を作ることになった(京都市内)
 「私が死んだ後、どないして生きていくんかな。私が生きてる間に自立できたらええけど…」。三兄弟の末っ子(三一)を案じ、母親(六〇)の不安は年ごとに増していく。
 母子家庭。末っ子は京都府内の高校に入ると、ファミリーレストランでアルバイトをした。「これ、小遣いや」。毎月一万円、母にくれた。
 バイト代を貯(た)めて買ったオートバイで友達の家へ行く途中。自転車を追い抜こうとして転倒した。十三年前。十八歳の夏。
 意識がなく、ひと月。聞こえてるのだったら手を握って。「ほな、くーっと握り返したんです」。それで「うれしいさかい、看護婦さんに言いに行ったら『助かってもあんたら大変やで』って」
 退院。息子は以前と変わった。なぜかすぐ怒って暴力を振るう。高校にも行かない。知り合いの鉄工所に勤めた。「行かなあかん」とは言うが、行動に移せない。三日目から遅刻。間もなく解雇された。「この子を甘やかしているのだろうか」
 母は祈った。医師の言うままに入院させると、窓のない部屋に隔離された。手首を自分で傷つける。別の病院では「どれだけやってもこの子は一緒だ」と突き放された。それでもあきらめず、病院を訪ね歩いた。
 数年後。やっと探しあてた名古屋の医師から高次脳機能障害と診断された。脳が損傷し、感情の抑制や記憶、計画を立てて実行することに支障があるという。
 兄と姉は独立。わずかな年金と別れた夫からの養育費で母はやりくりする。「週に二回、一万円と五千円に分けてあげるんです」。でないとすぐ使ってしまう。「生活保護受けたとしても、手続きとかややこしいし。市役所行って訴えたり、あの子できないでしょ」

「本人会」結成を準備

 大学病院のリハビリテーション室。「何かお飲みになりますか?」。男性が尋ねてきた。しばらくして、香りのいいハーブティーを持ってきてくれた。くだんの末っ子だった。母が語る人物像とは違う。落ち着いて、しっかり会話もできる。
 ここでは週に一回、高次脳機能障害者のグループ訓練が続けられている。旅行を立案する。全員で千羽鶴を完成させる。注文を聞いてお茶を入れるのも訓練の一環だ。
 スタッフが漏らす。「ここは模擬社会ですが、みんなとても適応している。でも実社会は厳しく、就職してもすぐクビになる。もう少し優しい社会になればと思う」
 仲間は二、三十代の男性七人。三人は仕事を持っているが、残る四人は職に就けてもすぐに行かなくなったり、作業がこなせなかったりして辞めさせられている。
 「この障害は見た目で分からないし、ほとんど知られていない。自分たちで訴えていく必要があると思う」。リハビリ室に通って三年。高次脳機能障害者の「本人会」結成へ、仲間と準備を進める。発足すれば全国でも珍しい。
 お茶を囲んで、みんなが談笑していた。親の話。「口うるさい」「すぐ働けと言う」。仲間の愚痴を聞きながら、ぽつりとつぶやいた。「やっぱ親は大事にしなあかんな」

家族にまた負担を押しつけることになる

職業訓練に取り組む障害者。障害者の就業にも地域格差は大きい(京都市下京区・京都障害者職業センター)
「家族にまた負担を押しつけることになる」。京都市内の精神障害の男性が障害者自立支援法への怒りを語った。自立支援法では福祉サービスに対する自己負担額の限度が家族の収入によって変わる。「お金を家族に頼らざるを得ない関係では自立はできない」
 障害年金と作業所の工賃の月計七万円で、ぎりぎりに切りつめ、やりくりしている。経済的に親族に負担をかけていないことが、うつ病の彼の心の自立にとって大きな礎だ。
 障害者と自立をめぐる法制度が変わろうとしている。知的・身体・精神で縦割りで細分化されていた福祉行政が一本化され、就労支援も抜本的に強化される。
 医療と福祉は地方格差が大きいといわれる。厚生労働省は今年春から施行の自立支援法により、全国統一の判定基準によって障害者福祉サービスの地方格差を縮小するという。
 厚労省によると、人口一万人に対する支援費の支給決定者数で全国一位は滋賀県の二十六人。最低の福井県とは七・八倍の格差がある。
 公的な在宅ヘルプサービスの一人当たり平均費用額もばらつきが大きい。全国平均九・四万円で京都も同水準だが、滋賀は約六万円(厚労省調べ)。しかしこの数字が高いほどサービス充実を反映しているかというと、そうではない。滋賀県は「二十四時間介護が必要な人が訪問ヘルパーだけに頼ればこの数字は高くなる。滋賀は作業所や医療的ケアができる場が整備されているので、ヘルパー利用度が低い」と指摘する。全国一位は東京(約十三万円)、二位大阪(約十二万円)…上位には大都市が並ぶ。
 同程度の障害でも支援を受けられる人と受けられない人がいる格差について、国は「地方自治体がどういう障害の人に支給するか透明、明確なルールがないからだ」という。国は現行の支援費制度は利用者の急増で財政的負担が大きいとする。