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第1部「在宅と自立の挑戦」

(7)病は進行 追いつかぬ福祉 〜「家族が負担」の現状
車いすで街を行く高橋さん。在宅で暮らす障害者に吹く風は厳しいが、笑顔で進む(京都市左京区)
 連載の一回目で取り上げた筋委縮性側索硬化症(ALS)患者の谷岡康則さん(五四)=埼玉県越谷市=から電子メールが来た。〈急に手が上がらなくなった〉。栄養液の自力補給の作業が厳しくなったという。数日後〈転倒しました。十分後にヘルパーが来てセーフ(笑)〉との着信。付き添う家族はいない。明るく書いているが、床に倒れて助けを待つ姿を想像してしまう。
 ALSは全身の筋肉が動かなくなっていく進行性の病だ。今日の調子はどうだろう。どの患者宅でも扉の前でためらう。電子メールの行き違いや、体調の急変で、雪の中をむなしく帰ったことが何度もある。返信メールが遅いなと思ったら、緊急入院していた人もいた。
 谷岡さんは話すこと、食べることをこの一年で喪失した。それでも独居で、在宅にこだわる。呼吸器を装着しなければ数年の命。残酷とは思っても、装着しない「自己決定」の理由を「なぜですか」と聞く。
 「尺取り虫打法」とたとえて動かない指をキーボードに這(は)わせ、返事をくれる。
 〈自分が「家族」をどう位置付けているかという問題に帰結すると思う〉〈呼吸器を自力で外せればいいが。殺人罪に問われないとしても、外した人に心の傷は残るでしょう〉
 呼吸器を付けた場合、将来、無言無動の生もあり得る。〈人跡未踏の深い森で巨木が倒れた時、その音は存在するのか…〉
 〈福祉の貧困に「自殺」させられる〉。呼吸器を選択すれば長く生きられるが、寝たきりになった時の家族の介護負担を気遣う。二十四時間態勢のたん吸引、胃からの経管栄養注入、薬の世話…。多くの「医療行為」を家族で担っているのが日本の福祉の現状だ。
 福祉の問題点を突く谷岡さんの言葉はわかりやすい。行政はその時点、時点で障害を認定する。しかしサービスが届くころ、病はさらに進行している。難病で住宅ローンを免除される場合があるのに払い続けるなど、患者が自分で調べないと利用できない制度がある。
 病名告知は昨年。〈「その人のつもりになる」というのが、いかに難しいか。私自身がまだ障害者になりきれていません(笑)〉

まだ障害者になりきれていません

 脳性まひで重度身体障害者の高橋啓司さん(五五)=京都市左京区=も取材の壁が大きかった。学生が二十四時間介護をやりくりする関係はユニークだったが、途中で「長い話は無理。しんどい」と言い出した。重度の言語障害。事実確認や長い人生を何度も細々と詰めて質問することがどれほどの負担になるのか、気付くのが遅れた。
 学生は「啓司さんに聞け」という。取材はもう無理かと思った。仲介を経ず、当事者に直接聞く。それが高橋さんと学生が育ててきた作法だった。最初からやり直す。酒を酌み交わし、一緒に銭湯に行った。
 教育を受ける機会のなかった高橋さんは漢字が読めない。自身が登場する連載の六回目を見て、笑いながら感想を語った。「スーパーで店員に声掛けられたで」

医療と福祉の谷間で

病院の集中治療室。医療費削減の波の中、医の倫理も福祉も揺れる
 医療制度改革、尊厳死法制化の動き、障害者自立支援法…命をめぐり、国が動く。「死」や「生命倫理」を議論するのは哲学的な深みがあり、ある種の「魅力」もある。しかし、まず福祉の現実をきちんと知って話をしたい。家族が担う介護の大変さや問題点を見つめ、同時に最重度の障害とともに暮らす個性あふれる生の輝きを語りたい。
 シリーズ連載「折れない葦」第一部では生と死の境をくぐり、在宅で障害とともに暮らす人たちに会った。
 医療と福祉の谷間を「医療行為」の壁が象徴していた。専門知識を持った医師しかできないはずのことを、素人の家族が担う矛盾。在宅で暮らす患者や遷延性意識障害者の家族にとって大きな負担となっている。
 人工呼吸器装着に伴うたん吸引だけではない。入院日数の短縮を進める政府の方針もあり、胃や鼻から経管栄養をとる在宅の患者が増加するといわれる。ヘルパーがどこまで関与していいのかグレーゾーンのままだ。薬の服用の補助行為もヘルパーの関与できる範囲はあいまいだ。
 国はこの数年、筋委縮性側索硬化症(ALS)の患者・家族や遷延性意識障害者の家族の声を受け、ヘルパーにもたん吸引を「容認」し始めた。ALS患者の谷岡康則さん(五四)=埼玉県越谷市=は「医療費抑制と(ヘルパーへの)医事行為の認定が結び付いている気もします」と指摘する。
 介護職の質と量をどう両立させるのか。地域格差は大きいが、絶対数が足りないことは確かだ。そのため、もっと生きたいのに早く死を選ばざるを得ない人がいる。「医療側の『無駄な命』という価値観の押しつけで、生を断念させられそうになった」。重度の中途障害者となった子を抱える母の声だ。
 この連載は社会報道部の岡本晃明、清原稔也、吉永周平と写真報道部の梶田茂樹、坂本佳文が担当しました。