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第2部「小さな命に寄り添って」

(3)移植は成功。でも… 〜医療の力を借り一歩
生体肝移植を受けたしげちゃん。好奇心たっぷりでカメラに手を伸ばす(京都市内)
 しげちゃん(一つ)の異変に母親のしづきさん(三二)=草津市=が気付いたのは生後すぐのことだった。
 目が黄色い。「通常の生理的黄だんか、予後のいい乳児肝炎か」。医大に勤め、解剖や組織検査で患者の病因を調べているしづきさんは、医師として二男の状態をそう見立てた。胆道がつまり、放置すれば死に至る「胆道閉鎖症」も脳裏をよぎった。しかし母親としてはそんなこと考えたくもない。「そんな悪い病気に、しげがなる訳ない」。懸命に不安を振り払った。
 黄だんが消えない。生後二カ月。病気を調べるため、手術を受けた。思いのほか時間がかかる。悪い予感。胆道閉鎖症だった。母は自らに言い聞かせた。「大丈夫。いまは治療の切り札の生体肝移植がある」
   しげちゃんへの移植はしづきさんが肝臓を提供し、京都大医学部付属病院で行われた。手術後。おしゃぶりの上から酸素マスクをかぶせられた二男は、くりくりとした瞳を母に向けた。生まれてからずっと黄色かった目が白く輝いていた。
 予定通り退院したが、体調を崩して病院へ戻る。しげちゃんが体をふくため病室を出たのと入れ替えに、深刻な表情で医師が入ってきた。「門脈(肝臓の静脈の一種)の血流がない。想定外のことも起こり得る」
 深刻な事態であることはすぐに分かった。いずれ肝臓はだめになってしまう。どうしよう。廊下に出ると、大嫌いな体ふきに泣き声を上げるしげちゃんが見えた。「この子、自分の深刻な状態も分からず、体ふきなんかで泣いて」。胸が締め付けられ、涙があふれた。
 血流を確保する治療のため、再び闘病生活が始まった。しづきさんは二十四時間、病室に付き添う。「移植って何なの」。疲れ果て、先端医療への疑問も浮かんだ。「神様は短命という設定でこの子に生を授けたのかもしれない。それを無理に軌道修正したばかりに…」。そんな非科学的な考えにもとらわれた。

続く子の励みになるよう頑張って

 しげちゃんはたくましかった。門脈は詰まってしまったが、別の場所に新たな血流のルートができつつあった。医師は「例は少ないがしげちゃんのような子もいて元気に過ごしている。頑張ろうね」と励ましてくれた。
 小さな体で危機を乗り越え、昨秋に退院した。体調を崩しやすい。「免疫抑制剤を飲んでいるので、病気にかかりやすく、治りにくい。これも移植を受けた現実です」。二月二日には風邪をこじらせ、緊急入院した。
 たくましく育ってほしい。しづきさんはあえて二つ上の長男と同じ託児所にしげちゃんを預けている。長男は時にしげちゃんのおもちゃを取り上げたりもするが、弟の病気のことをぼんやりと理解しているようだ。
 現実はつらいし、将来の不安もある。でも母は今、こう考える。「この時代に生を受けたということは、おまえは移植を受けて後に続く子の励みになるよう頑張ってこい、移植医療の進歩に貢献してこい、ということなのかもしれません」。一歳と七カ月。闘いは始まったばかりだ。

限られた子どもの臓器移植

 生体肝移植手術は一九八九年に始まり、日本で独自の発展を遂げてきた。九七年には臓器移植法が成立し「脳死移植」が可能となったが、手術例はこれまでに全国で四十一件。対して生体肝移植は京都大医学部付属病院だけで昨年末までに十八歳未満に限っても六百六十五例行われている。
 脳死は人の死かどうか、今も議論が絶えないことに加え、十五歳未満の脳死者の臓器提供は認められていない。仮に成人の心臓提供があっても、大きさの違いから小児への移植は極めて難しい。このため重い心臓病を抱える子のなかにはやむなく海外での脳死移植を選択するケースが少なくない。日本での子どもへの臓器移植はいまも生体肝移植や生体・死体腎移植などに限られているのが現実だ。
 生体肝移植をリードする京大病院で手術五年後の生存率は八二・五%(十八歳未満)。多くの子どもたちを救ってきた。一方で健康な人にメスを入れることへの倫理的批判がある。二〇〇三年には京大病院で臓器提供者の母親が死亡する例もあった。
 「胆道閉鎖症の子供を守る会」の前代表石丸雄次郎さん(六三)=兵庫県川西市=は生体肝移植の意義を認めながらも「本来亡くならなくてもいい人が臓器提供者になったために亡くなった。家族の犠牲のうえに成り立つ医療は問題がある。臓器移植は基本的には脳死者からが望ましい」と話す。

条件緩和の是非論議

 こうした現状から、臓器移植法の改正法案が今年、国会に提出される見通しだ。主な論点は「脳死は人の死」を前提に、臓器提供には本人の生前の意思表示が必要だとする「本人同意の原則」の転換を図り、本人が事前に拒否していない限り、家族の承諾で提供できるよう条件を緩和することだ。そうなれば、現状では本人意思の有効性が認められていない十五歳未満の臓器提供も可能になる。
 批判も強い。本人に代わって家族が臓器提供を承諾することが許されるのか。「容態が重いほど家族は医師に気兼ねし、その言葉に誘導されやすくもなる」という懸念の声もある。
 子どもの臓器提供については、脳死判定が成人に比べて難しいことに加え、親の虐待によって子が脳死になった場合、虐待した親が臓器提供を申し出るということも起こり得る。
 臓器移植法施行から九年近く。これまで積み重ねた例を検証し、その妥当性を足元から見つめ直すことが求められている。