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第2部「小さな命に寄り添って」

(6)病棟の”オアシス” 〜病忘れ 笑顔の出会い
入院中の子どもらと遊ぶ「にこにこトマト」のボランティア。この日は紙芝居を楽しんだ(京都市左京区・京大病院)
 「にこトマ、まだやってる?」。京都大学医学部付属病院(京都市左京区)に入院している社領陽央子ちゃん(九つ)は廊下を小走りに、小児科病棟のプレイルームにやってきた。「やってるよ。一緒に紙相撲しよう」。「にこにこトマト」の赤い名札をつけた永井麻里さん(五五)に迎えられ、陽央子ちゃんは笑顔をはじけさす。
 胆道閉鎖症で兵庫県淡路市から今月初めに再入院した。生体肝移植手術を控えている。「にこトマ」の日は朝から楽しみだ。「学校では制限ばかりで、どこか浮いた存在になっている。ここでは積極的。一時でも病気を忘れ、笑顔を見られると親も幸せです」と母の久美さんは目を細める。
 子どもたちが紙相撲に一喜一憂する。「はっけよーい」の声も自然と大きくなる。
 にこにこトマトは病棟の子が一緒に遊べる場だ。お話会や工作、手芸、科学の実験…。いろんな内容で週に三−六回開かれる。元患者の保護者や友人ら六十人ほどがボランティアで支えている。
 十四年前にさかのぼる。長女を入院させた神田美子さん(五六)=左京区=は病院でも普通の生活を続けさせてやりたいと思っていた。プレイルームはあったが、誰も遊んでいない。見舞いの友人に頼み、病室で絵本の読み聞かせをしてもらった。すると隣のベッドの子が加わった。音楽会、英語教室…。知人がボランティアで来てくれ、楽しみにする子どもが増えていった。プレイルームに場所を移し、長女の退院後も続いた活動が一九九五年に「にこトマ」となる。神田さんが代表を務めることになった。
 いつ来ても、帰ってもいい。治療で病室から出られなかった親子は「にこトマに行くのを目標にしていた」と言う。子どもたちの後ろで、母親同士がおしゃべりをしている。子どもの闘病生活のつらさを泣きながら打ち明ける母親もいた。

子どものいまを輝かせたい

 四年前のひな祭りコンサートのことだった。張り詰めた空気が病棟に流れていた。医師、看護師が慌ただしく病室に出入りする。前日に緊急入院した子の部屋だ。
 その子の母親を神田さんは探した。コンサートを心待ちにしている子がたくさんいる。「音が外に響かないようにしますので、開かせてください」と頼み込んだ。
 母親は給湯室で千羽鶴を折っていた。「うちの子も励ましてください。音楽が好きなんです」
 透き通ったソプラノの歌声。緊急入院した子は数日後、息を引き取った。コンサートの場に来た子にもそれが最後となった子がいた。「あの時のお母さんには今でも感謝している。その時にできることを子どもたちに届けたいと思った」
 にこトマはいま、病棟の風景にとけ込んでいる。宝塚市の幼稚園長は毎月二冊の絵本を送ってくれる。元患者の母親は飾り付けの造花を届けてくれた。
 神田さんはいっぱいの笑顔に出会った。退院した子、入院中の子、亡くなった子もいる。「明日じゃなく、子どものいまこの一瞬を大切に輝かせたい」。この春で活動は十一年になる。

入院児の遊び

 子どもたちにとって遊びは生活そのものだ。それは病気の治療中であろうと変わらない。近年、入院中の子どもの生活の質が注目されるにつれ、さまざまな遊びや精神的サポートを提供する動きが全国各地で高まっている。
 ボランティアが病院の子どもたちに遊びや楽しみを届ける活動は京都府立医大付属病院(京都市上京区)や京都第一赤十字病院(東山区)、滋賀では県立小児保健医療センター(守山市)などで続けられている。京都大医学部付属病院の中畑龍俊小児科長は「遊びは治療にも良い影響を与えてくれる。子どもたちへの精神的な支援は本当にありがたい」と言う。
 この分野では欧米の取り組みが進んでおり、子どもたちのケアにあたる専門職が多くの病院に配置されている。米国ではチャイルドライフスペシャリスト(CLS)、欧州ではプレイセラピストなどと呼ばれ、入院や治療に伴うストレスや不安を取り除いて、年齢に応じた発達を支援している。
 具体的には▽遊びの援助▽心理的負担を和らげるような環境の整備▽理解力に応じた病気や治療の説明▽家族へのサポート−など。活動は多岐にわたり、医師と患者の架け橋として欠かせないものになっている。ただCLSの資格は米国やカナダなどでしか取得できないため、日本ではまだ非常に限られた存在だ。

保育士配置など試み

 一方、国内では近年、病院で子どもたちに遊びを提供し、発達を支援する病棟保育士あるいは医療保育士とも呼ばれるスタッフが注目されるようになってきた。今年度に一人を配置した滋賀県立小児保健医療センターの中原美知子看護部長は「保育士がいることで子どもたちの生活の質が大きく向上する」と話す。
 二〇〇二年の医療保険制度の見直しで、保育士を配置した場合、診療報酬が加算されるようになった。しかし京都、滋賀ではまだ病院や行政の理解が低く、普及が進んでいない。
 入院中の子どもは治療や検査で身体的苦痛を強いられるだけでなく、日常生活でも味わったことのない不安や恐怖に襲われる。精神的負担を少しでも和らげ、闘病の経験を前向きに受け止められるような支援が切実に求められている。