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第3部「福祉に届かない声」

(6)辺地医療”金かかる医師” 〜「父の病院」経営破たん
経営を譲渡したり、廃院したりする病院も少なくない。病院にも厳しい風が吹く(京都市東山区)
 海岸通りに、五年前に完成した四階建ての病棟が立つ。難局を打開するはずの新病棟だった。しかし、患者を受け入れる病院にも厳しい風が吹く。
 宮津市唯一の総合病院だった医療法人太田会太田病院は今年二月、名前を変えた。約十二億円の負債を抱え、二〇〇四年秋、京都地裁に民事再生を申請。経営は武田病院グループ(京都市)に引き継がれた。事務長として経営にあたってきた太田亙さん(六五)には押し寄せる感情があった。父が戦前から地域診療に取り組み、戦後に法人化した病院。
 「患者の入院日数を縮めたり、個室化したり、また二人部屋にしたり、看護と患者の比率を変えたり。国の政策に置いていかれたらお手上げ。お上のもとで経営していくのは難しい」
 産科医で日本安楽死協会(現・尊厳死協会)の創設者だった典礼さん(故人)からの伝統で、産婦人科が病院の看板だった。しかし少子化の進む京都府北部で、来院する人は減る。看護師らは三年以上もボーナス未払いで働いてきた。
 事務長の一番の仕事は人の確保だった。各地の医局に飛び込み、看護学校を回る。教授室の前で三時間も四時間も待つ。「面会できただけで、天下を取ったようにうれしかった」。医師が欲しい。教授に何度も頭を下げる。五分ほどの面談で「はい、次の人」…。「インパクトを与えないといけない。話だけやない。現物の飛び交うこともある世界です」
 医師を派遣してもらうには金がかかった。「なりたての若いドクターにも千五百万、千八百万の年収。さぼる人にも出さなあかん」。都会の五割増しの給与を示しても、研究や生活面で医師にアピールできない。地方病院の悲哀。看護師の確保も難しかった。

「国に振り回され」人確保難しく

 小児科を一時閉鎖した一九九五年に職員の三割をリストラし、病床も約六十床に縮小した。介護保険制度が導入された二〇〇〇年。高齢者施策の大きな転換点に、決断した。市などから三分の一の補助を受け、療養型病棟を五億円かけて建設する。「福祉の発想ができず、当初は空きベッドのある状態で運営したことが響いた」。設備投資がさらに経営を圧迫する。
 一年交代で外科医を送ってくれた医局から九〇年代末、派遣が途絶えた。〇四年春、外科の看板を外す。前期比25%の減収。そして太田さんは病院を追われた。
 二十二日。太田病院労組の名では最後の集まりがあった。「都市部なら看護師も転職しただろう。しかしこの地で暮らして、選択肢はない。ガーゼ一枚、テープ一センチを切りつめて働いてきた。人材難より経営が甘かった」と組合幹部。看護師の配置不足や保険請求ミスを当局に指摘され、太田会には数千万円の返還請求もきた。
 経営を引き継いだ宮津武田病院は「同じ医療圏にあるのは公立の与謝の海病院だけで、競争があるわけでない。地域医療の提供量は不足しており、ニーズをくみ取って運営したい」と話す。
 太田さんは「患者さんの笑顔を思って努力したが、今の制度では厳しい」と語り、続けた。「親父がつくった病院でないと、ここまでしなかった。辺地医療に立ち向かう医師を支えるのはお金だけなのか」。個人で債務保証した負債がのしかかる。

頻発する病院倒産

全国の病院数の推移
 「手を挙げては、はしごを外される。唐突で許せない」。医療制度改革や診療報酬の改定で、国の打ち出す方針転換に、療養型のベッドを備えた京都の病院の多くが悲鳴を上げる。できるだけ早く老健施設や有料老人ホームへの転換を図るという病院もあるが、経過措置があるとはいえ、設備投資のリスクがのしかかる。国のこれからの動きを様子見しているというある病院は、診療報酬の切り下げで年数千万円の減収に耐えなければならないという。
 介護保険制度がスタートし、療養型病床という制度ができたのは二〇〇〇年。わずか六年後の今年二月、一二年には二十三万床減らして十五万床とする政府の案が打ち出された。一般病床を選択した病院もいばらの道だ。入院患者3対看護師1の配置基準を求められ、診療報酬の改定で三カ月を越える入院患者は赤字になる。今回の診療報酬改定では、急性期に特化した病院も「診療所との紹介率加算がなくなってはしごを外された」。
 京都府保険医協会の久保佐世事務局次長は「病院は医療行政に振り回されてきた。数年で方針は変わり、後で苦しくなると分かっていても、今の経営が苦しいので、借金をしてでも乗らざるを得ない」と指摘する。
    ◇
 全国で病院の倒産が相次いでいる。病院間競争も激しくなった。差別化を図り、最新の医療機器導入を競い合う。高額な設備投資で借金に苦しむ病院。看護師の配置基準を満たすのに苦労し、人件費に圧迫される病院。信用調査機関の調べでは、昨年、京都で診療所を含めて四件が倒産した。
 一部上場企業の経営で府民にも親しまれていたJT京都専売病院(京都市東山区)や関西医大付属洛西ニュータウン病院(西京区)など、企業や大学の病院が別の医療法人に経営譲渡する例も続発する。「潜在的倒産」ともささやかれる。
 赤字経営は公立病院ではいっそう深刻だ。舞鶴市民病院、精華町国保病院。大幅な赤字を抱えた公立病院を抱える自治体が民間に経営委託を進めるケースが増えている。府立洛東病院も廃院になった。
 淘汰(とうた)の時代を迎え、病院は経営の効率化を図る。京都でも市内は病床数が過剰だとされ、一方で府北部は府の地域医療計画で人口比から算出したベッド数さえ満たしていない。府の六十五歳以上の高齢人口比率は二年後に22%に達すると見込まれる。高齢者福祉や在宅医療との連携をどう図るか。病院倒産は無駄な医療の削減に伴う必然なのだろうか。格差の時代に、それが患者本位の医療につながるかどうかが問われてくる。

医療改革の波 業界が営利化

 宮津市の太田病院のように経営破たんする病院がある一方、専門に特化することで収益を伸ばす診療所も出てきた。
 セコム医療システム(東京都)は昨年五月、予防医療を重視し、診断に特化した会員制の健康診断サービスを都内で始めた。開設した施設にはホテルと見間違うようなレストランやラウンジを完備。専門案内員がつき、ゆったりとした雰囲気と高級感を打ち出した施設でがんを早期発見できるPET、CTなど多数の最新鋭医療機器を備え、高度な医療診断が受けられる。
 入会金は約百五十万円。年会費も約四十万円とかなり高い。保険のきかない自由診療だが、退職者や企業経営者を中心に、会員数は数百人規模で増えているという。
 「健康意識の高まりで、高額でも高度な医療を受けたい利用者は確実に増えている。当初は富裕層から広まり、徐々に一般に手が届くようにしていきたい」(広報担当)という。
 こうした会員制クリニックは京都、大阪、名古屋など大都市を中心に広がっており、北海道の病院では温泉宿泊付きのがん検診ツアーまである。
 医療業界はビジネス化に大きく動きだしている。全国保険医団体連合会の津田光夫理事(向日市・医誠会診療所所長)は「医療制度改革で効率化が進めば、病院が機能分化して医療が営利産業となる。高度な医療を受けられる人だけにメリットがあり、貧富の差が医療に出てきて命の格差が生まれる」と警鐘を鳴らす。