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第3部「福祉に届かない声」

(8)去った母 届かぬ養育費
里親の北川温子さんのもとで暮らす大目祐賀子さん。「現役の里子の声をあげていきたい」(京都市西京区)
 バスケット部の仲間が家にやってきた。卒業する先輩へのケーキをみんなで作る。高校二年の大目祐賀子さん(一六)=京都市西京区=がこの家に来て五年。女子高生の笑い声に、北川温子さん(五六)が「にぎやかねえ」と声をかける。「あの人が里親? 普通のおばちゃんやん」「そうやろ」
 昨年末。祐賀子さんは京都家庭裁判所を訪ねた。児童福祉法では里親との関係は十八歳で切れる。進学したいが、学費や生活費が心配だ。「ここはあなたの家だから、ずっとおってもええんよ」。北川さん夫妻はそう言ってくれるけど、安心して勉強に打ち込める保障がほしい。
 祐賀子さんがまだ幼いころ、両親は離婚した。以来、父親は親権者である母親に養育費を送っているが、祐賀子さんには届いていない。
 家裁の家事相談。しかし未成年者に養育費返還を申し立てる権利はなかった。親権喪失という手続きを取る方法がある、と相談員から説明された。それ以外の選択肢は見つからない。
 「なんで親権喪失の申し立てなんて事態になってしまうんやろ?」

無数の「なぜ」叫ぶ里子

 祐賀子さんは小学低学年のときに不登校になった。学校の制服を着ようとすると気分が悪くなる。一人で育てていた母親は苦しみ、娘を施設や病院に預けては、しばらくして引き取ることを繰り返した。行き先はいつも祐賀子さんの知らないうちに決まっていた。
 小学三年のとき、情緒障害児短期治療施設(情短施設)に入った。そこでは、親から虐待を受け、心と体に傷を受けた子が暮らしていた。サラダ菜にマヨネーズを山のようにかける子もいた。
 「いま思うと、ほかの子も何らかの事情で精神的に不安定になっていたんだと思う。でも当時は自分のことでいっぱいいっぱいで、そういう子と一緒に生活することが苦痛でたまらなかった」
 母親は祐賀子さんと一緒に暮らそうと努力を重ねた。しかし家で向き合うと、母も娘も感情を抑制できずに「切れた」。小学校卒業間近、母親は「この子とは一緒に暮らせない」と児童相談所に通報し、祐賀子さんは一時保護所に入れられた。
 「突然で、頭が真っ白になった。なぜ入れられたのか、児童福祉司は理由を教えてくれないし、お母さんとも連絡が取れなくなった」。そんな祐賀子さんを、情短施設の職員だった温子さんが引き取った。彼女が小学校を卒業した直後だった。
「なぜ、北川さんとこの里子なんやろ?」
 自分の置かれた境遇が理解できない祐賀子さんは荒れた。「うち、里子やねん」と話すと、偏見と哀れみの目で見られることもつらかった。荒れる少女を北川さん夫妻は全身で受け止めた。
 「最初はなんて呼んでいいのか、分からなかった」「そうだったね。なあなあ、とか」「今はちょっとは感謝してんねんで、おばちゃん」。照れながら話す祐賀子さん。北川さん夫婦も「祐賀子さんに育てられた」と振り返る。
 里親の懐に抱かれて、祐賀子さんは笑顔を取り戻した。帰り際、明るい声で言ってきた。
 「記事には名前をきちんと出してください。写真も付けてね」

訴訟資格ない未成年 親に問題でも申し立て不可

児童福祉法の壁
 京都市西京区の里親宅で暮らしている大目祐賀子さん(一六)が、実の母親と電話でやりとりできるようになったのは、高校一年になってからだ。
「お母さん、直接会って話したいねん」
 電話をかけるたびにそう訴えたが、母親はいつも「今は会えない」と言う。理由を教えてもらえないまま月日がたち、大学進学や将来を考える時期になってしまった。
 父親からの養育費があるのなら、大学の学費に当てたい。ささやかな願いは、家庭裁判所への相談から「親権喪失申し立て」という予想外の展開になってしまった。戸惑いながらも申し立ての手続きをした祐賀子さんだが、この申し立てにも「未成年者には資格がない」と言われた。
 「子どもの味方は誰? 日本の法律は間違っている。未成年だから権利がないとか、子どもだからあれは無理、これも無理っていわれたら、どうしたらいいねん。弱者を守るのが法なのに」
 祐賀子さんだけでなく、社会的養護のもとにいる子どもたちに共通した問題だ。子どもと親権者が対立した場合、子どもの意思を表明する機会は保障されているのだろうか。
 「高校生になってから、里子って得やなと思うことがけっこうあった」と祐賀子さん。「先生や事務の人によく声を掛けてもらえるし、励ましてもらえる。でも里子はみんな、実の親との問題や進学の費用の問題に突き当たる。だから現役の里子が話し合う場が要る。困っていることに対して、みんなで声を上げていきたい」と訴える。

法が阻む権利 18歳の「自立後」も深刻

 ある児童養護施設で暮らす少年が交通事故に遭い、けがを負った。少年は児童相談所に保護され、父親とは別れて暮らしていた。ところが交通事故の相手方と父親が示談し、補償金を一切子どもに渡さずに使ってしまった。けがの補償や自立の資金としてお金を使いたくても、子どもは訴えることも弁護士と契約を結んで交渉することもできない。
 京都のある弁護士が経験した事例だ。民法は二十歳になるまで、子どもが契約を結ぶことも裁判に訴えることも、相続の一部の特殊なケースを除いて認めていない。
 「育児放棄など親権者の側に問題があっても、子ども自身は法的手段で権利を求めることができない。親が行方不明になっている場合でも、子は親権者がいないと、契約や権利擁護で何の手だてもなくなってしまう。社会的養護が必要な子どもにとって、法の壁はとても大きい問題だ」と京都弁護士会の安保千秋弁護士は指摘する。
 施設での児童虐待が社会問題になるきっかけとなった千葉恩寵園事件(一九九六年)でも、職員から虐待にあった子どもたちは未成年のため原告になれなかった。
       ◇
 児童相談所長は親権者に著しい不行跡や虐待がある場合、家裁に親権喪失の申し立てをすることができる。しかし二〇〇四年で親権喪失を認められたのは全国でたった一件。〇三年はゼロだった。子どもに対する法的な根拠を持たない里親や施設が、問題のある親権者と交渉するのは限界がある。
 十八歳で「児童」でなくなることは、施設や里親の元で暮らす少年にとっても大きな壁だ。児童福祉法は原則十八歳までを保護の対象とする。施設への措置が終わると、いきなり自立を迫られる。家庭の支えがないまま社会に巣立つ少年少女にとって、アパートを借りようにも、身元の保証人がいない事態に陥ってしまう。進学でも就職でも、保護者を頼れない十八歳の若者に手続きのハードルは高い。
 京都弁護士会の子どもの権利一一〇番をはじめ、行政にも児童のための相談窓口は整備されてきた。「しかし相談はほとんど親から。保護者との関係でつまずいている子が声を出せる状況になっていない」と安保弁護士は指摘する。