京都新聞TOP > 特集アーカイブ
過去の特集記事

第4部「尊厳ある生と自己決定」

(1)取り乱す臨終も美しい 〜在宅で緩和治療 命削り絵描く
妻浅子さんと作品を語る藤田さん。末期がん。自宅で緩和医療を受ける。それでも「限られた時間、描きたいことがある」(京都市北区)
 扉を閉める音が神経に響く。ささいな雑音や光にもいらだってしまう。京都市北区の鴨川沿いにある自宅で、藤田西洋さん(六六)は緩和医療を受けている。がんが骨に転移し、下半身を動かせない。二年前に異変に気付き、手術と入退院を繰り返して今年三月、自宅に戻った。
 ベッドの脇。薬の横に筆や鉛筆が並ぶ。画家。床ずれで腰に傷ができている。上半身を起こしてデッサンを続ける代償だ。
 「ここ五日間、絵は描いてません。お尻の傷、痛くはないのですが、妻の言うことも聞いておかないと」
 「男はなかなか感謝の言葉が言えない」と往診の医師川村治雄さん(六三)=北区。藤田さんは「甘えているところがあるんです」。「生きていてくれたらいいんです」と同い年の浅子さん。
 感情の表現と技術について、画家と医師が語り合う。「自分は絵描きでありながら、死ぬ前に発見した。絵は脳で描いている。肉体ではない。これまで描いてきた絵は飾った絵だなと思う」
 診察を終え、川村さんは車のハンドルを握る。往診は続く。自宅で生きるがん患者を「在宅ホスピス医」として支える。長く京都の病院で末期患者の緩和医療を手がけてきた。
 「いかがですか、と診察で医者は言うでしょう。その言葉は健康な側と患者の対等な関係ではない。死について語るのはごう慢とも思う。患者さんから私は教えていただいているんです」

「今年の退院は絶望でもあった」

 数日後。再び訪ねた。薬のために途中で眠ってしまうかもしれない、もうろうとするかもしれない。そう前置きして、藤田さんは語った。
 −今年の退院は絶望でもあった。今の医療制度では、面倒をみられないから帰宅ということ。絵が描けるのはうれしい。多少命が削られても描きたい。わきあがる世界があって、これがあるから人間捨てがたい。でも介護している妻には無謀に見えたんでしょう。資料を隠し、絵の具も隠された。描けないよりは描けた方がいい。その程度にとどめないと。命を軽視するのも、重く見過ぎてもいけないと思う。
 尊厳などというのは、ほっといても尊厳です。道端の猫の死と僕の死はどちらが尊いのか。猫は痛みをまともに受け、残酷やあらゆる非文明のなかで殺されていく。一方で、生きたいとあがき、取り乱す臨終も美しいと思う。
 肉体的な痛みを恐怖が助長する。まるで針が眉間の間にすっと差し込んでくるような。でもそのときに命を感じる。介護する妻にいらだちをぶつけ、申し訳ないと思う。それも生きることのなかにある。
 生と死のことを分かりませんと答えても何も恥ずかしいことはないし、うろたえても、泣き叫んでもいい。それだけ重いものを人は持ち合わせているんです。
    ◇
 患者が自分で決めること、自己決定という言葉が選択の条件もあいまいなまま、医療や福祉の制度改革のなかでひとり歩きしている。「その人らしく生きる」とも、また重々しく「尊厳」という文言も使われる。病とともに暮らす人が医療側から迫られる決断。自己決定をめぐって、揺れ、戸惑う患者や家族を追った。

くみ取れるか 患者の「迷い」

絵・藤田西洋
 「在宅ホスピス」に取り組む医師川村治雄さん(六三)の車に同乗した。
 京都市右京区のお年寄りの自宅は改修工事の最中だった。少し耳が遠い患者を診察しながら「棟梁(とうりょう)、工事が気になりますか」と川村さんが呼びかける。かつて建築の仕事をしていたおじいちゃんは「わしは設計にはうるさ型やった」。今の施工業者の腕前から工事の思い出へと話が続く。
 次は多発性骨髄腫の女性。病院と連携し、積極的ながん治療を受けている。コルセットなど介護用品の不満、入院時の看護師の対応問題…。患者の言葉に医師は耳を傾ける。交わす会話に、その人の人生、病状の変化、家族の介護の課題が見える。
 京都市内の病院に勤めていて、川村さんは限界を感じた。子どもが学校から帰ってきた時に「お帰りなさい」と迎え、食事する機能を失っていても、慣れ親しんだ食卓につく。そうした日常が施設にはなかった。
 診療所を開設し、川村さんはいま十四人の患者を往診する。今年、二十人近くを看取(みと)った。万全ではない、と自ら認める。大出血など容態が急変した時、そばに医療者がいない不安。家族が介護に疲れ一時休憩したいと思っても、緊急に受け入れる病院がない。京都には二つのホスピス病院があるが、どちらのベッドも予約でいっぱいだ。
 二十四時間対応の在宅支援診療で緩和医療をし、終末期の患者を支えるには「病院と診療所を行き来できる連携システムの構築が欠かせない」と川村さんは言う。宮城県が取り組むような、府県ぐるみの在宅ホスピスの地域連携システムは京都に存在しない。

したくない、できない、心変わり

 痛みに対して専門的な緩和医療で対処することは、イコール終末期医療でもないし、治療中止も意味しない。化学療法を最後まで続けた人もいる。胃や腸から管で栄養補給や気管切開をして、在宅で暮らす人もいる。
 在宅で患者が暮らすことは一見、いいことに思える。しかし「医療的ケアの必要度の高い人がどんどん在宅に追われている」と指摘する医療関係者もいる。診療報酬改定で、治らないと判断された人が長期入院できない現実がある。
 「早くお迎えがきてほしい」「死にたい」。在宅ホスピスの現場で、そんな患者の言葉に、川村クリニックの看護師足立千恵子さん(五四)はしばしば出会う。言葉通りに受け取れない。裏にあるつらさや不満は何か。それを緩和できないのか。
 患者は医療者からたくさんの選択を迫られる。「命の選択をしてください、ということがどれほど酷なことか。イエスといったとして、その迷いをくみ取りたい。心を痛める人がそばにいられることが大事だと思います」。寄り添うことのあり方を、足立さんは考え続ける。
 病気の進行にそぐわない要介護度の認定方式やヘルパーの派遣制度など、福祉の問題も家族の介護負担に大きくかかわってくる。痛みの緩和だけみても、どこででも高度な緩和医療が受けられるわけではない。選択肢がなくても、患者は決めなさいと言われる。
 病が「治らない」と言われるとき、医療者と患者のかかわりが揺れる。医師から自己決定しなさいと言われても、人は迷う。したくない人。決められない人もいる。気持ちは変化もする。そもそも決めなくてはいけないのかどうか。
    ◇
 末期がんの藤田西洋さん(六六)は日吉ケ丘高(東山区)で西洋画を学んだ。スペインの風景などをモチーフに、写実的な作品を発表。京都新聞の連載小説の挿絵も手がけた。入院中からスケッチブックに鉛筆で描き始めた抽象的な作品を、順次紹介していきます。