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第4部「尊厳ある生と自己決定」

(4)治療中止要求の親説得 〜医師「人工呼吸器は外せません」
救命の現場では家族の決断も揺れる。赤ちゃんの生命力を信じて、医師は治療を続けた(京都市東山区、京都第一赤十字病院)
 休日の当直だった。京都第一赤十字病院(京都市東山区)にある総合周産期母子医療センターの副センター長光藤伸人さん(四八)は緊急連絡を受け、市内の産婦人科病院へ救急車を急がせた。
 帝王切開で生まれたばかりの赤ちゃんは呼吸をしていなかった。かろうじて心臓は動いている。最重症の新生児仮死。すぐに心肺蘇生、気管挿管し、難しいお産や新生児の治療の拠点となっているセンターへ連れ帰った。
 三年前のことだ。血液の温度を下げて脳の回復を図る「脳低温療法」はまだ導入されておらず、積極的な治療法はなかった。低酸素状態にならないよう呼吸を管理し、血圧、脈拍を維持、脳のむくみをとり、尿を早く出させないといけない。「できるだけのことをして下さい」。三十代の父親は言った。
 一週間が過ぎ、女児は何とか一命を取り留めた。しかし重い障害の残ることが分かった。父親は人工呼吸器を外すよう求めてきた。光藤さんら医師は説得する。
 赤ちゃんは驚くほどの生命力を持っている。やみくもに薬を与えているわけではありません。ちょっとのサポートで危機を乗り切ったら、赤ちゃんには自分で生き続ける力がある。
 父親は聞き入れない。光藤さんは院長、副院長、看護部長、事務長の四役会議に諮った。結論は変わらなかった。「人工呼吸器は外せません」。容態が変化しても強心剤などの投薬を増やさず現状を維持することで、ようやく父は納得した。
 呼吸器を外して命を絶つことは避けられたが、投薬量の現状維持は最善の医療行為を意味しない。病院は赤ちゃんの生命力を信じた。

重い障害… 娘抱き愛芽生え

 女児は回復していった。保育器から出られるようになった。自由に抱き上げられる。父親の表情がやっとやわらいだ。仕事帰りも訪れ、何時間も抱き続けた。
 三カ月後。夫婦そろって栄養をとるチューブの扱い方の指導を受け、退院した。まな娘を抱いて外来にやってくる夫婦の姿は、愛情と幸福感に包まれていた。
 数カ月たった大雪の日。女児は再び救急車で運ばれてきた。一歳の誕生日を間近にしての突然死。告別式に参列したセンターの看護師に、父は告げた。
 「障害が残るからといって、治療中止を親が求めても、絶対に言うことを聞かないで下さい」
 光藤さんは言う。「子どもと接していたら、親ごさんの気持ちは必ず変わる。私たちも毎回、どうしようかと悩みますが、希望はある」。患者自身や家族に医師が「さあどうぞ決めて下さい」と委ねるだけでは、助けられない命もある。
 病院で三十年間、救命にあたってきた外科医の田内逸人さん(六〇)=京都府木津町=は「自分の出発点」という大戦中のナチスドイツの強制収容所の体験記録「夜と霧」の一節を教えてくれた。〈人間の生命は常に如何なる事情の下でも意味を持つ〉
 「人間に無駄な存在という人がいるでしょうか。病になると、患者は弱く、迷いも出る。それをキュア(治すこと)することも含めたことが本当のキュア。医師には患者が望まないことでも、やらなければならない時がある」

判断能力なし、救命現場の葛藤

末期がんの画家藤田西洋さんの病床のスケッチブックから
 「今から手術に行きますよ。入れ歯、外しましょうね」。看護師が何度促してもおじいちゃんは「いやや」としか返さない。左足の血管が詰まり、足先まで黒ずんでいる。
 夜の救命救急センター。説得するため、家族が呼ばれた。「知らん。誰や」とおじいちゃん。「心配したはるのよ」。看護師が優しく声をかける。症状の危険性を何とか分かってほしい。家族と医療スタッフが言葉を探して、話しかける。認知症の壁。それでも首を縦に振らない。「じゃあ、上のお部屋に行きましょう。みなさん一緒にお話できますからね」
 医師と看護師に付き添われ、おじいちゃんはベッドに横たわったまま治療室を後にした。決断が遅れ、足の手術をしなければ、生命にもかかわってくる。認知症の高齢者に自己決定を迫ることができるのだろうか。かといって、説明を尽くさずに周りが決めるのもどうか。同意をめぐる葛藤(かっとう)が救命の現場を悩ませる。
 京都第二赤十字病院(京都市上京区)の救命救急センターにある京都市消防局との緊急連絡電話が鳴った。医師と看護師が電話のスピーカーに耳を傾ける。「頭部打撲やな」。スタッフみんなが心づもりをして、受け入れの準備を始める。
 救急車が到着。女性が運ばれる。血のにじむ頭を両手で押さえ、痛そうな表情。隣のベッドでは若い男性が診察を受けている。この救命救急センターには平日で一日に約八十人、休日には百数十人の患者がやってくる。

患者の同意待つ余裕なく

 手術しなければ救えない命がある。救命の現場で、患者が予後を含めてきちんと理解し、判断することは難しい。意識不明の傷病者も搬送されてくる。救命処置に、本人の返事を待つ余裕はない。蘇生を施し、気管挿管して息を確保する。かけがえのない命を救うための現場で「自己決定」の言葉が揺らぐ。家族が反対すればどうするか。
 「名前も連絡先も分からない時は日赤太郎さん、日赤花子さんにして、医師の判断で挿管する」と救急部長の医師北村誠さん(五六)は言う。「患者さんの意思をどう拾うか。どこまでしていいのか。難しい問題だ」
 数年前。一酸化炭素中毒で男性が運び込まれた。昏睡。回復の見通しもつかない。自殺未遂だった。懸命な救命処置のさなか、男性は持病があって「家族に迷惑をかけたくない」と話し、延命治療の拒否を書面に残していたことがわかった。医師は一瞬戸惑ったが、処置を続けた。
 「本人の意思を無視して生き続けてもらう結果になった訳です。とんでもないことをしてくれたと本人が思っているかというと、どうもそうでもない」
 日常生活をおくれるほど回復した男性は退院するとき「ありがとう」と言った。「半分は本心かなと思う。それも元気になったからのことかもしれない。自己決定とはその時、その時の意思を言うのではないだろうか」と北村さんは話す。
 頑なに手術を拒み続けた冒頭のおじいちゃんは、市内の病院から運ばれてきた。救命救急センターは治療が必要な次の患者のためにベッドを開けておかなければならない。搬送元の病院でも手術はできると判断され、元の病院に戻った。説得は届いたのだろうか。おじいちゃんは「うん」と言ってくれただろうか。