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第4部「尊厳ある生と自己決定」

(6)こん身の作詞 家族支え 〜胃にチューブ ユーモアの力信じ
おなかの胃ろうの接続部は目立たず、そのままお風呂にも入れる。ちょうどいい湯加減に、移動入浴介助のヘルパーさんと笑いあう(京都市の自宅)
 ベッドでつづった替え歌の作詞が七千曲を越えた。「純(すみ)子すみっこすまないね」「露子!疲れをつゆ知らず」「プリン色々」…。韻を踏み、生活を読み込んだ五七調の演歌。なかに、こんな歌詞もある。
♪腹が立ったら いきどおり
 泣けるときには 泣きわめき
 あるがままに 生きたいな
 飛田洋さん(六三)=京都市=の生は七年前、動から静に一変した。脳梗塞(こうそく)。倒れてしばらくのことは記憶にない。気が付くと、病室のベッドに寝かされていた。
 一命はとりとめたが、話せない、動けない。飛田さんはナースコールも押せずに、月日を耐えた。気管を切開。鼻からチューブで栄養補給された。家族がそばにいない深夜。飛田さんに意識があり、聞こえているとも気付かず、看護師は聞きたくもないような雑談をし、娘の菓子を無断で食べた。
 小さな体の変化に気付き、喜ぶ声が飛田さんの耳に届いた。「指が動いたよ」。妻や息子、娘の声が支えだった。「握り返した!」
 わずかに動くようになった首で、イエスとノーを伝えられるようになった。それでももどかしい。「どこか痛いの?」と尋ねられても「かゆい」と伝えられない。
 入院は八カ月。食べ物を飲み込めない障害に対処するため、胃にチューブをつなぐPEG(ペグ)という内視鏡による胃ろう手術も受けた。

「第二の口、女房のような奴なのさ」

 プラス思考は変わらなかった。寝たきりの在宅生活七年目。文字盤から目で字を選ぶか、パソコンの重度障害用のコミュニケーション支援ソフトを、かすかに動く右の指先で使って、意思疎通を図る。  PEGで生きることは大変でしょう? パソコンのモニターに一字ずつ、ゆっくり現れる返事の文章を読んで、笑わされた。
 「ずぼらに最適 青汁もOKだし」「偏食はなくなるし、成人病の予防によい」。ユーモアをいつも忘れない。
♪ペグは第二の 口だけど
 意識しないと 忘れてる
 女房のような 奴(やつ)なのさ
 若いころに目指していたという作詞はリハビリを兼ねて始めた。一字ずつ、字を拾って演歌の替え歌を作る。
 「夫婦げんかもしますよ」と奥さん。替え歌で子どもたちに説教をする。七千曲の替え歌は、ユーモアの力を信じ、家族を明るく支える、飛田さんの強い意志が込められている。
 作詞を勧めた主治医の岡野均さん(五二)が往診にやってきた。「PEGで栄養状態が良くて、床ずれもなく、背中がきれい。胃にチューブの穴をつくってあるが、お風呂も入れる。入浴介護に付き合ったら、飛田さんの体の見たくないとこまで見てもうたけど」
 声はないけど、飛田さんは爆笑する。最重度の障害を生きることを肯定する力が家にあふれている。一万曲へ、さらに何万曲へと、作詞の日々は続いていく。

医療者の「慣れ」 見た目で判断

連載にスケッチを寄せていただいた画家藤田西洋さんは末期がんで昏睡状態が続いている
 京都市左京区の内科医岡野均さん(五二)は医学部を出たばかりの研修医を受け持つたび、1面で紹介した飛田洋さん(六三)の自宅に連れて行く。わずかに動く指で詞を作り、全身まひの最重度の障害で家族を明るく支える飛田さんの生きざまに、研修医たちは衝撃を受ける。
 「ある若い研修医は老人福祉施設で寝たきりの高齢者の診察の研修を経験していた。しかし声も掛けなかった。四肢まひで会話できない人を、何も分からない、意識がない人と見なしていた」
 医療者には「慣れ」ができる、と岡野さんは指摘する。人工呼吸器、栄養チューブを付け、意思疎通できない人に対して「分かっていない」と思い込み、見た目で「ああなってはかわいそう」と言ってしまう。
 そうではない、とハッと気付く大きな経験、感動を覚えてほしい…岡野さんの若い医師たちへの願いは、彼自身が飛田さんとの出会いから教えられたことでもある。
 胃にチューブで栄養注入する胃ろうの内視鏡手術(PEG)は、一九八四年に岡野さんらが日本でも始めた。今は全国で年十万例行われ、病院で暮らしていた口から食べられない多くの人が、在宅で暮らすようになった。
 岡野さんは「在宅の胃ろう生活は介護施設や訪問看護と協力すれば支えられる」と言う。地域の歯科医や言語療法士と連携し、口腔(こうくう)ケアとリハビリに取り組めば、栄養状態を改善するとともに、口から食べる機能を回復することも可能で、追求すべきだという。

重度障害に輝く生 認識を

 第四部の取材で会った医師たちの中には、患者とともに迷い、発せない思いをくみ取ろうとする人がいた。一方で、岡野さんが言う「慣れ」を、言葉ににじませる医師もいた。
 重度障害や難病、認知症の高齢者が在宅介護で暮らす日々をよく知らず、そこにはユーモアも、新しい発見も、その人の存在の重さもあるのに、「悲惨だ」「苦痛だ」と決めつける医療者の目線は、患者や家族に絶望やあきらめを強いることにつながりかねない危うさがある。
 京都市左京区の藤井香さん(四九)は当時十七歳だった娘を医療過誤で亡くした。生後一年で進行性の難病と診断され、その後呼吸器を装着した。何度も危機があり、十五分置きのたん吸引をし、ボランティアたちと介護を続けてきた。
 寝たきりになり、表情を失っていく娘を抱っこして話し掛けた。面白いことを言うと、体にクッと力が入ったり、抜けたりした。「全身で感じてくれた。同じ状況の人にもこの喜びを知ってほしい。自分は生きたい、生きていることで周囲の人たちが幸せになれる。そう患者が思える医療態勢、優しい社会になってほしい」
おわり
 第4部「尊厳ある生と自己決定」は社会報道部の岡本晃明、勝聡子と写真報道部の梶田茂樹、坂本佳文が担当しました。シリーズ「折れない葦」へのご意見、ご感想をファクス、または電子メールでお寄せください。ファクス番号は075(252)5454、電子メールのアドレスはashi@mb.kyoto−np.co.jpです。第5部は地域で支え合う老いや病をテーマに、6月上旬から掲載します。