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第5部「この街で支え合う」

(1)リスクかけ独居挑む 〜すべて病院の都合の生活。牢獄だった
人工呼吸器をつけながらひとり暮らしを目指す益田さん。主治医の神野さん(左)がその願いを支える(京都市伏見区)
 十人のヘルパーがベッドを囲んでいる。人工呼吸器の操作を説明するのは医師の神野君夫さん(五二)。「器具の調子が悪いと心臓がドキドキします。かわいい女の子を見た時もドキドキします」。病床からすかさず合いの手が返ってきた。「そう!」
 ベッドに横たわる益田幸二さん(四〇)は全身の筋肉が次第に衰える筋ジストロフィー症で、二十四時間の介護が要る。京都市伏見区の自宅で両親と生活し、近い将来、ひとり暮らしを目指す。
 「五分でも目を離せば命の危険がある。ひとり暮らししようなんて、肝っ玉が大きいよね」。在宅医療に携わる神野さんもあきれ顔だ。「アホなだけです」と益田さんはまぜっかえす。
 小学校の低学年で診断が確定し、三年生のときから病院暮らしを余儀なくされた。親が恋しい年ごろ。家に帰りたくて毎日泣いた。医師も看護師も優しかった。しかし「起床も、食事も、就寝も、排泄(はいせつ)の時間も、すべて病院の都合で決められた生活。言葉は悪いが牢獄(ろうごく)だった」。
 中学卒業後、望んで自宅に帰った。次第に筋力が衰える。二十代後半で寝たきりになった。介護してくれる両親もいつまでも元気とは限らない。
 「精神的に自立してひとりで暮らすか、いずれ病院に戻るか。二つに一つしかない」。二年ほど前。益田さんは神野さんにひとり暮らしのプランを打ち明けた。呼吸の管理が必要で、心臓も強くない。リスクを考えれば医師として安易にOKは出せない。それでも本人の意志を最大限尊重することにした。
 二十四時間の介護は福祉施策だけでは賄いきれない。サービスの充実を求め、益田さんは行政当局と交渉を続けた。でもよい返事は得られない。「やはり無理なのか…」。自立への意志がしぼみそうになる。

在宅医も支援の輪に

 昨秋。思い立って、遠距離の旅行に挑んだ。「鹿児島に住む祖母が元気なうちに、もう一度会いたい」。神野さんはリスクや緊急時の対応を説明し、バックアップを約束した。ヘルパー三人と新幹線や在来線を乗り継ぎ、約三十年ぶりにかの地を訪れた。
 明治生まれの祖母は認知症が進んでいた。「おばあちゃん、幸二やで」。孫のことがはっきりとは分からないようだった。でも着けている人工呼吸器を見て、しきりに体のことを心配してくれた。「大丈夫やで。僕、元気やで」。和やかな空気が祖母と孫を包んだ。
 旅から帰って、気が付いた。ひとり暮らしに向け、新たな自信が芽生えていた。福祉施策のヘルパーが足りないなら、ボランティアがある。総勢五十人を目指し、サポートしてくれる人を集め始めた。
 子どものころから絵が好きだった。今は指先しか動かないが、パソコンで描くことはできる。ひとり暮らしが実現したら、部屋で絵画教室を開きたい。子どもからお年寄りまで自由に出入りできるサロンをつくりたい。
 その願いを支えたいと神野さんは思う。「誰でも好きな場所で望み通り生きる権利がある。それを可能な限り支援するのが、地域医療ではないか」
       ◇
 不治の病や重度の障害、齢を重ねて衰える体力、認知力…。人は誰でもいつかは助けを必要とする。可能なら住み慣れた家や地域で生を全うしたい。その願いを家族や医療、福祉のスタッフが支える。冷たい風に逆らい、命をつむぐ人たちに、支える側もまた支えられる。

在宅医療・福祉 荒波の中に

 「在宅にはどんな先端病院にもないものがある」。宇治市に診療所を開き、在宅医療に力を入れる神野君夫さん(五二)は、自らの経験から確信する。「それは家庭です」。いつも家族の気配がある。住み慣れた家の匂いや天井のしみまでもが、患者の気持ちを和らげる。病気になっても、重い障害があっても、暮らす家がある。
 かつて心臓外科医だった。京都大医学部付属病院などでメスを振るった。一刻を争う患者が担ぎ込まれる救急の現場に身を置いたこともある。腕一本で命を救う大病院の勤務医も悪くはなかった。
 一方でひっかかるものがあった。外科医として、がん患者の手術を手がける。再発し、病院で亡くなる人も多い。なかに家に帰ることを望みながら、かなわない人もいた。患者のためにどんなに快適な環境を整えても、病院はやはり病院だった。
 多くの患者が望むように、わが家で日常の生活を送らせてあげたい。「人は生まれる環境を選べない。でも死ぬ場は選ぶことができる。それは人間の最後の、究極の希望だ」。メスを捨てた。看(み)取りまでかかわる在宅医へ方向転換した。
 午前中は外来をこなし、午後から往診する。多い日は十軒近くまわる。車のトランクに医療器具を積み込み、エックス線検査や簡単な手術もこなす。
 在宅医療には看護師やヘルパー、ケアマネジャー、理学療法士らとの連携が欠かせない。診療所なら外部の事業所と連携するのが普通だが、スタッフ全員が共通の意識を持って迅速に患者に対応できるよう、神野さんはすべてのスタッフを自前で抱える。介護する家族の負担を減らすため、デイサービスセンターやショートステイも診療所に併設した。「医療と福祉は不可分だ。経営的には厳しいが、在宅の質を高めたい」と意気込む。

医療費抑制狙い国も誘導

 在宅医療の推進は政府も掲げている。今年度の診療報酬改定では「在宅療養支援診療所」の制度が新設された。二十四時間の往診や訪問看護できる態勢を整えた診療所には、診療報酬が手厚く加算される。最期を看取る「ターミナル加算」を十万円とこれまでの八倍以上にするなど、自宅で最期を迎える態勢が整うよう誘導している。治療の必要性が低いのに家庭の事情などで退院できない「社会的入院」を減らし、医療費を抑制しようという狙いが、背景にある。
 この在宅療養支援診療所の新設はかえって在宅の受け皿を小さくしてしまうという指摘もある。京都府保険医協会の小川直理事は「在宅に携わってきた普通の診療所が同じことをしようとしても、これからは在宅療養支援診療所に移行しないと診療報酬が減算される。複数の医師がいる在宅専門の診療所ならともかく、一般の診療所で二十四時間対応というハードルは厳しい。在宅から手を引くところも出るだろう」と危惧(きぐ)する。
 別の医師は「本気で在宅医療を進める気があるのか」と国の方針をいぶかる。医療用品一つとっても「たとえば一人分しか要らない薬剤や注入用の管も、規制に縛られて病院みたいにまとめ買いしかできない」のが現状だ。
 医療だけでなく、今年度からスタートした改正介護保険や障害者自立支援法など、在宅生活を支える福祉も財政論の荒波にさらされている。次々と打ち出される「改革」に、医療関係者は口をそろえる。「病院から追い出された患者はどこへ行けばいいのか」