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第2部「小さな命に寄り添って」

(7)24週で出産 体重670グラム
この子は生きようとしている
清潔な保育器が並ぶ総合周産期母子医療センター。小さな赤ちゃんの生をはぐくんでいる(京都市東山区・京都第一赤十字病院)
 水色の一冊のアルバムがある。最初のページに小さな赤ちゃんの写真。わずか六七〇グラムの体重で長男は生まれた。
 妊娠二十四週。千葉から京都市右京区に引っ越してきて十日目の夜だった。「腕も私の指ぐらいの太さしかなかった」。母(三一)は二歳七カ月になった長男を膝(ひざ)であやす。
 あの夏。突然、お腹に痛みが走った。出産予定日まで四カ月もある。「病院に行けば何とかなる」。救急車の中で破水した。
 京都で唯一の総合周産期母子医療センターがあり、難しい出産の拠点となっている京都第一赤十字病院(東山区)に運ばれた。陣痛は治まらない。「産みましょう」と医師。予定日までお腹に話しかけたり、産着をそろえたりしよう。そんな「幸せな妊婦」の夢はプツッと消えた。
 母と子は新生児集中治療室で対面した。皮膚が透き通っている。医学書で見た胎児そのままの姿だ。気管に管を通しての人工呼吸。点滴の針の刺さった体が痛々しい。
 「この子は無理やり生かされている」。一つ年下の夫も沈痛な顔を見せる。命名。「お墓に刻む名前…。こんな悲しい名付けがあるのか」。現実から逃げ出したかった。
 毎日面会しても喪失感は埋まらない。障害の可能性もあった。ガラス越しに撮った写真のかわいさとは裏腹、社会から隔離されるかもしれない立場に置かれることが怖かった。
 生後二週間目から手術を受けた。心臓、目、水頭症で脳室から腹腔(ふくこう)へ髄液を流す手術もあった。耐え続ける長男に、母は胸が詰まった。「この子は頑張っているのかもしれない。生きようとしているのかもしれない」。その生をしっかり受け止めようと思った。
 そんな母親の気持ちを担当の看護師(二八)が受け止めた。子どもの前で明るく振る舞ってはいても、内心張り詰めているのが伝わってくる。頑張って、とは決して言わなかった。「一緒に見守っていきましょう。一緒に成長を喜びましょう」と声をかけた。

ゆっくり、確実に成長

 四カ月で人工呼吸器が外れる。初めて抱けた。くるんでいるタオルより軽く感じた。その体重が目に見えて増えていく。測定のたび、胸が躍る。六カ月。二五〇〇グラムで退院した。長男を真ん中に夫と三人で撮った笑顔がアルバムの最後を飾る。
 成長はゆっくりだ。まひが残り、お座りがまだできない。左目の視力はほとんどない。でも子どもを抱ける喜びは何物にも替えられない。
 淘汰(とうた)されたかもしれない命が技術の進歩で生きられる。生と死の境界線を神様以外の誰が引けるのか。この子は確かに生まれた。「生き抜いた子を思うと大抵のことは何でもない。みんないろいろでいい。そういう境地を教えてくれた」
 昨年の秋、二人目を授かった。早産の心配はあったが、ためらわなかった。三十週、一四五〇グラム。
 日当たりのいい居間で、いつの間にか兄妹並んで仲良く寝ている。玄関に二人乗りのベビーカー。「暖かくなったら公園に行こうね」。母は春が待ち遠しい。

増える低体重児

 いわゆる未熟児は早産や多胎妊娠だけでなく、出産の高齢化や近年のダイエット志向で妊婦の体力が落ちていることも原因と考えられている。国の人口動態統計によると、二五〇〇グラム未満で生まれる「低出生体重児」は二〇〇四年に十万四千八百人余りを数え、十年前と比べて18%も増加。このうち「極低出生体重児(一〇〇〇−一五〇〇グラム)」と「超低出生体重児(一〇〇〇グラム未満)」は合わせて八千四百六十七人で、十年前から14%近く増えている。
 胎児は通常、お母さんのおなかのなかで四十週前後かけて大きくなり、体の機能を発達させていく。医療技術の発展で低体重児の生存率も上がったが、赤ちゃんの体重が軽いと機能面での不全が懸念される。生後すぐに精神運動発達遅滞や未熟児網膜症、慢性肺疾患など「後障害」が発生するケースもある。

硬軟両面で対策強化

 危険度の高い出産とそれに伴う治療に対応して国は一九九六年、高い医療レベルの「総合周産期母子医療センター」を都道府県ごとに整備する計画を策定。周辺に規模の小さい「地域周産期母子医療センター」を置き、「総合」が核となって情報交換して、二十四時間体制で母子搬送システムの構築などを目指している。
 京都では九七年に京都第一赤十字病院(京都市東山区)が「総合」に指定され、国立病院機構舞鶴医療センターや府立医大付属病院(京都市上京区)など十八病院が「地域」を設置。一般の産科医院なども加えてネットワーク化している。滋賀では二〇〇五年に大津赤十字病院(大津市)に「総合」ができ、「地域」の近江八幡市民病院と長浜赤十字病院、さらに八つの協力病院などと情報を連携している。
 一方、低体重児の母親には通常の出産ができなかったことへの責任を感じる人も少なくない。新生児の長期入院も重なり、母子が肌と肌を合わせるケアや新生児集中治療室(NICU)に臨床心理士を配置する取り組みも始まった。通常の新生児と一緒に授乳するのがつらいという母親への配慮から、京都第一赤十字病院ではNICU授乳室も設けている。
 低体重児を出産した母親二十八人でつくる「NICU親の会・Nキッズ」(京都府木津町)の清水尚美さん(三五)は「お母さんが語り合い、少しでも気持ちが軽くなれば、と会をつくった。NICUではショックなことも多い。家族の気持ちへの配慮も大事にしてほしい」と話す。
第2部おわり
第2部は子どもたちの生の現場を見つめました。
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