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バイトランナー夢駆ける |
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不況で廃部、農業手伝い 就職せず、練習は1人で |
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写真上:実家の農業を手伝いながら競技に打ち込む佐賀の吉冨選手(京都市中京区)
写真下:パン店でアルバイトしながら挑む熊本の城戸選手(上京区) |
11日の全国都道府県対抗女子駅伝には、実業団に所属せず、アルバイトや実家の手伝いをしながら競技に打ち込むランナーも出場する。今の世相を映すように、不況による廃部や、若者の自分探しなど理由はさまざまだが、十分とはいえない環境で自らを磨いてきた彼女たちは、それぞれの思いを胸に都大路を走る。
■逆境めげず全力で
佐賀の吉冨博子選手(25)は二年前、所属する福岡県の実業団が廃部になった。今は実家の農業を手伝いながら、クラブチームで週二、三回練習する。実業団の時より自分のペースで楽しんで走れる。仲間もいる。ただ「金銭的にきつい」。手伝いの時給は約七百円。両親の援助はなく、遠征費の負担が重い。
アルバイトとの両立は実は二度目だ。高校卒業後にこの実業団に入ったが、足の故障のため二年半で退社。佐賀に戻ってバイトを転々とした。故障が癒えた後、地元のロードレースなどに出場し、もとの実業団へ復帰したが、今度はわずか半年で廃部になった。
競技をやめようとは思わなかった。苗植えの動作でスクワットをし足腰を鍛える。「走るのが好き。ずっと五輪に出たいと思っているから」。八度目出場の今回は2区を走る。「前より今の方が走れる気がする。実業団の人たちと走り、あわよくば勝ちたい」とアピールを狙う。
熊本の城戸智恵子選手(18)は、自宅近くのパン店でアルバイトしながら練習してきた。
高校三年だった昨年もこの駅伝に出場し、7区区間2位。実業団から入社を勧誘された。だが組織に拘束され、厳しい練習をするのは嫌だった。周囲の反対を押し切って自分の意志を貫いた。
アルバイトを始めて三カ月後、健康維持のために走りだすと「いいタイムで走りたいと思うようになった」。一人での練習は気楽だが、大変な面もある。両親は就職を勧め、実業団からも再び誘われている。「ずっとこのままの生活を続けるのもどうかと思う」。揺れる気持ちの答えは、都大路に転がっているかもしれない。
【2009年1月11日掲載】
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