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(4)検証 スケジュール

年末年始のレース過密?
第12回全国女子駅伝で千葉の優勝テープを切る鈴木博美さん(1994年1月)
 1997年8月、アテネで開催された世界選手権。前年にマラソンデビューした鈴木(現・伊東)博美さんは30キロ手前から独走し、日本女子で2人目となる金メダル獲得の快挙を成し遂げた。
 当時28歳。バルセロナ、アトランタ両五輪の1万メートルに出場、全日本実業団女子駅伝でも2度の優勝と区間賞を獲得していた。マラソンは3戦目だったが、トラックや駅伝で磨いた持ち味のスピードを存分に発揮し、世界を驚かせた。

■今の自分作った
 駅伝、マラソンともに成功を収めた鈴木さん。だが、当時は「マラソンと駅伝ランナーは区別されていた」と振り返る。実業団時代の同僚の五輪メダリスト、有森裕子さんは小出義雄監督とともにマラソン練習に専念していた。夢に突き進む有森さんの姿をうらやましく感じながらも、チームの大きな目標だった駅伝優勝を果たすため、駅伝中心のスケジュールで世界と戦った。
 ただ、早くからマラソン中心の生活を送っていても、今の成績以上の結果を残せたかは分からないという。「私は駅伝が大好き。駅伝を経験していなかったら今の私はない」と言い切る。レースに不可欠な勝負勘や駆け引きは、すべて駅伝で学んできたからだ。

指導者が選択を 「目標」定まれば問題ない

【上】アテネ五輪女子マラソンで金メダルを獲得した野口みずき(2004年8月)【下】日本陸連の沢木啓祐専務理事
■勝負勘養う場
 駅伝に出ると大半の場合、前の走者を追う状態から始まる。オーバーペースに注意しながら自分のペースをつくり、前の走者との距離を縮める。「駅伝女」と呼ばれるほど数々のレースに臨み、真剣勝負の場で経験とスピードを養ってきた。「駅伝は、マラソンをする上でいい経験になると思う。駅伝が駄目にしたとは思いません」
 男女を問わず、実業団が宣伝効果の高い駅伝を重視し、駅伝中心のスケジュールを組むことは不思議ではない。大会は年末年始に集中し、年間を通しても選手たちはトラックの競技会や記録会など多くのレースで結果を求められる。そこに、マラソンに腰を据えられる環境は生まれにくい、との批判が生まれる。
 しかし、日本陸連の沢木啓祐専務理事はこれを一蹴する。「指導者がしっかりと(試合を)取捨選択すればいいだけ」。監督やコーチに目標を見誤らない冷静な判断を求める。小出監督も「マラソン準備として駅伝で10キロ走るのはいい練習になる。マラソンを狙う選手のために監督がレースを選び、駅伝に出ない選択を所属企業が理解することが必要だ」と説く。

■見えない力わく
 選手と指導者がマラソンという明確な目標を持っていれば、駅伝に出場することは決してマイナスではない。アテネ五輪女子マラソン金メダリストの野口みずき(シスメックス)は、若い選手に伝えたいことがある。「駅伝は仲間と気持ちが一つになることで、お互いの力をより高められる。目に見えない力がわいてくる。駅伝の良さを感じ、そこで得た経験を、それぞれのレースで生かせるように頑張ってほしい」