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白血病克服「夏」つかめ

僕の高校野球集大成
体力づくりの「手押し車」で、仲間を支える北倉選手(右から2人目)。白血病を乗り越え、最初で最後の夏の大会に挑む(京都市東山区・日吉ケ丘高)

 白血病を克服して、夏の甲子園に挑む選手がいる。日吉ケ丘高(京都市東山区)3年の北倉滉大君(17)=伏見区。長い闘病生活を経て、7月9日に開幕する全国高校野球選手権京都大会に出場するチャンスをつかんだ。グラウンドでの活躍を誓い、熱のこもった練習を続けている。

 深草小2年の時に野球を始めた。中学3年の5月に白血病と診断されて入院し、大好きな野球ができなくなった。卒業が迫った1月末に退院したが、運動は規制された。それでも、野球をあきらめられなかった。日吉ケ丘高に入学すると、病気を隠して野球部の体験入部に参加した。だが、佐々木信也監督(46)は病気を知り、医師と相談して入部を許可しなかった。

 退院後も治療は続き、抗がん剤の副作用で強い吐き気に悩まされた。つらい闘病と野球ができないもどかしさが重なり、夜になると自宅の部屋で悔し涙を流した。「何で自分だけこんな苦しい思いをしなければいけないのか」。両親に何度も八つ当たりした。

 高校2年の昨年7月。そんな北倉選手に希望の光がともった。症状が快方に向かい、運動ができるようになった。「落ち込んだ時期もあったが、あきらめずに治療を続けたことで病気を乗り越えられた。精神的にも強くなれた」と振り返る。

 2年以上の闘病で体力が大きく落ちていたため、ランニングや筋力トレーニングで基礎体力を付け、12月に念願の野球部入部を果たした。初の公式戦となった今春の京都府大会は出場できなかったが、努力を重ねて夏の大会のベンチ入りを決め、三塁手のレギュラーを狙っている。

 高校卒業後は専門学校で料理を勉強し、両親が営む飲食店を手伝うつもりだ。本格的に野球に打ち込むのは、この夏が最後になる。北倉選手は「僕にとって高校野球ができるチャンスは、この一度だけ。だからこそ悔いは残したくない。一日でも長くみんなと野球ができるように頑張りたい」と力を込める。

【2011年6月18日掲載】