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八幡商いざ雪辱へ

作新学院と因縁の再戦
1962年当時の写真や活躍を伝える記事を見ながら、後輩たちにエールを送る三谷さん(草津市)

 夏の甲子園で初のベスト8を懸けて、16日に作新学院高(栃木)と戦う滋賀代表の八幡商業高を特別な思いで見守るOBたちがいる。1962年春のセンバツ準々決勝で、作新と大会史上初の延長18回0対0で引き分ける死闘を演じ、翌日の再試合で0対2で惜敗した選手だ。「絶対勝ってほしい」。49年ぶりの再戦での雪辱を託し、甲子園のアルプススタンドから孫のような後輩に声援を送る。

 62年の作新は「優勝候補」だったが、その下馬評を覆す投手戦に持ち込んだ。背番号10の右腕・三谷(旧姓駒井)征男さん(67)=草津市=が先発し、3種類のカーブを駆使して変化球を苦手としていた作新打線を手玉に取った。「夢中だった。攻撃中も、次の回どう抑えるかしか頭になかった」という。

 打線は、後にプロ野球・ロッテで活躍した八木沢荘六投手を攻略できなかったが、外野から本塁への好返球など堅守でもり立てた。三塁手の北田朝輝さん(67)=栗東市=は「守って守って守り抜いた。18回を戦った後の観客の拍手が温かかった」と懐かしみ、三谷さんも「みんなの力で歴史に残る試合になった」と振り返る。

 再試合に勝った作新学院高はそのままセンバツを制し、史上初の春夏連覇も達成した。あれから約半世紀。優勝候補の帝京高(東東京)を劇的な逆転満塁本塁打で破った後輩たちが、再び作新に挑む。三谷さんは「今年のチームはすごい。点差をつけられても最後まで諦めない雰囲気がある」といい、外野手だった藤村武夫さん(67)=野洲市=は「僕たちは悔しい思いをした。(後輩たちに)ぜひリベンジしてほしい」とエールを送る。

【2011年8月16日掲載】