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被災球児らと挑む夏

岩手・宮古高 京出身顧問
東日本大震災を乗り越え、夏の全国高校野球選手権岩手大会に臨む宮古高の渡辺教諭(岩手県宮古市)

 東日本大震災の被災地・岩手県で14日に全国高校野球選手権岩手大会が開幕し、津波に見舞われた沿岸部の全高校も出場する。その一つの宮古高(宮古市)で、京都市山科区出身の渡辺俊之教諭(41)が野球部顧問を務める。「親類を亡くしたり、自宅を流されたり、部員は困難な事情を抱えるが、練習中は目が輝いている」と大会に挑む球児を温かく見守る。

■16日初戦「野球できることがうれしい」

 宮古市は津波などで400人以上の死者が出た。宮古高に直接の被害はなかったが、生徒十数人が親を亡くし、数十人が自宅を失った。死亡認定が遅れ、数日前に祖父の葬儀を済ませた野球部員もいる。

 約1カ月の休校を経て、野球部は4月7日に練習を再開した。ソックスすらない部員もいたが、全国から野球道具が届き、5月からは練習試合もできるようになった。6月30日に岩手大会の対戦相手が決まり、学校では全校応援の練習も始まった。岩手は野球人気が高く、がれきが残る街は高校野球の話題でもちきりだという。

 半面、急にやせたり、元気が戻らない部員もいる。「じわじわと地震の影響が出ているのかもしれない」。沿岸部の高校の多くは、校舎の全壊やグラウンドの水没で十分に練習ができない。宮古高は、近くの宮古工業高に練習場所を提供し、ともに「夏」に臨む。

 渡辺教諭は洛東高(山科区)で野球を始めた。郵便局で働きながら夜間の大学に通い、高校野球の指導者を目指した。2004年に岩手県の教員に採用され、釜石商業高で野球部監督を5年間務めた後、2年前に宮古高に赴任し、野球部顧問に就いた。

 釜石商業高時代から毎年のように、恩師を頼って京都の高校と練習試合をしてきた。その縁もあって、震災後には京都からも多くの激励や支援物資が届いた。「岩手で元気に野球をすることが何よりの恩返しになる」と考えている。

 宮古高は16日の初戦で、強豪の一関学院高と対戦する。「相手は関係ない。今は野球ができることがうれしい。岩手の球児全員がそう感じていると思う」。教え子とともに、渡辺教諭の熱い夏が始まる。

【2011年7月12日掲載】