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「厳しいが 一番輝ける仕事」 下積みの経験 今に生き

上七軒でお茶屋を構える女将 梅乃(中路良枝)さん(57)=上京区
改装したお茶屋で新しい一歩を踏み出す梅乃さん(京都市上京区)

 京都最古の花街、上七軒(京都市上京区)で中学二年からお茶屋に住み込み、芸妓(げいこ)、お茶屋の女将(おかみ)と成長しながら四十二年間、働き続けてきた。

 西陣で料理店を経営していた両親のもとに五人姉妹の五女。西陣と上七軒は密接な関係。父の店にも芸妓さんがたびたび訪れ、親しかった。

 住み込んだお茶屋では、舞や三味線を仕込まれた。中学卒業後、芸妓としてデビュー後も厳しい修業は続いた。「二割の人はやめはったんちゃうかな」。自身も「千度泣いた」が、舞や三味線のけいこが終わっても、一人で練習を続けるなど努力を続けた。今では「厳しいことが一番、自分のためになった」と振り返る。二十八歳で芸妓を辞めて、自らお茶屋を始めたが、下積み時代の教えが今でも生き続けているという。

 離婚も経験した。「人間のええとこも悪いとこも見た。生まれ変わった気持ち」と笑う。いろいろあったが、後悔はないという。子どもの成長を見守るのが楽しみだ。

 最盛期は七十軒あった上七軒のお茶屋も、今は十軒しかない。「上七軒をもっと盛り上げたい」という。二人の芸妓の仕込みに忙しいが、海外で日本や京都をPRする活動にも取り組んでいる。

 来年でお茶屋を始めて三十年、六日には改装で新しい門出を踏み出した。「芸妓は厳しくて根性のいる仕事、でも女性にとっては華やかで一番輝ける仕事」と胸を張った。

【2007年8月10日掲載】