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(1)「お父さん、まだおるよ」

たどり着いたワンルーム たばことラジオ。長い一日
布団の上でラジオを聞く森川さん。「演歌が流れてくるとうれしくなる」。コンビニへ買い物に出掛ける以外、一日のほとんどを部屋で過ごす(11月16日、京都市)

 マンション5階にある居室のドアが突然、開いた。2週間に一度の往診。医師と看護師が、住人の森川忠雄さん(70)の体温、脈拍、血圧を黙々と測定する。森川さんにとって、人とつながるわずかな糸だ。十数分後、医師らは引き上げた。6畳ほどの部屋に再び、静寂が広がった。

 ショーウインドーが光を放つ京都市中心部の繁華街。林立する高層ビルの脇に、森川さんのマンションはある。

 白髪。顔中に深いしわ。右足を引きずるのは脳梗塞(こうそく)の後遺症だ。つえなしでは出歩けないが、頼りにできる家族も、親類も、友人もいない。

 部屋は布団が敷きっぱなし。ほかに、衣装ケースと電気鍋一つ。たばこと携帯ラジオで、毎日、長い一日をやり過ごす。「布団の上で座っているしか、仕方ないんです」

 320円の弁当、魚の缶詰にレトルトご飯。食事はコンビニものに頼る。昼夜2食の配食サービスを受けていたが、1日千円余りの出費に耐えきれず、10月下旬でいったん断った。「これしかない」。開いた財布には28円。年金支給日まで2週間以上あった。

 中学卒業後、働きながら定時制高校に通った。しかし授業料が払えず除籍になった。タクシーやトラックの運転手、ラーメン店経営、建設作業員と職を転々とした。結婚して娘と息子を授かったが、40歳を過ぎて家族と別れた。

 仕事の傍ら、両親の介護に奔走した。逝って、もうすぐ20年。一人暮らしが続く。

 4年近く前、南区にある実家の長屋を家賃滞納で追われた。顔を見れば名前で呼び合っていたご近所さんとの縁も切れた。一度はアパートに移ったが、今年6月に公園で寝泊まりするようになった。ホームレスの人が一時宿泊する下京区の市中央保護所に入り、区役所と不動産業者から紹介され、この部屋にたどり着いた。

 ふらついて立てない時もある。この先に不安が募るたび、20年以上会っていない娘の面影が頭に浮かぶ。「おとなしくて、さみしがり屋やった」

 娘に、手紙を書こうと思っている。「お父さん、まだおるよって伝えたい。もしかして、心配してるかもしれへんし」。今年の暑中見舞いに返事はなかった。今度は、封筒に元気なころの自分の顔写真を入れるつもりだ。

 「今の顔はあまりにも疲れすぎてるから。顔を見て、声を思い出してもらえたら」。返事はなくてもいい。ただ、届いてほしい、と願っている。

 マンションには、生活保護受給者ら、身寄りのないお年寄りが複数いる。まちのあちこちに同じようなマンションが増えてきた。

 私たちの社会は「個」を尊重してきたのに、いつしか「孤」に陥りやすくなってしまいました。公共のセーフティーネットが財政難でほころび、家族や地域のつながりが薄くなるなか、どうすればみんなが幸せに暮らせるのか。個人として自立しながら、お互い困った時には、そっと手をつなぎ合えるような新たな支え合いの姿をシリーズで探ります。第1部は、老いをめぐる孤立と支援の動きを追います。

開かれぬ扉 孤独死の危険 生活保護の穴 埋めたい

寒さをしのぐため、床に新聞紙を敷く。「末永くお付き合いしたい」と関本さん(右)は谷本さんの来訪を心待ちにしている。語らいは1時間半に及んだ(11月17日、京都市下京区)

 身寄りのない高齢の生活保護受給者が、ワンルームマンションにたどり着くケースが、急速に増えている。

 不動産業者によると、京都市内はワンルームマンションの新築が増え、築10年未満でも空き室が生まれる状態となっている。一方、雇用の不安定化で仕事を失い家賃を滞納する人が出てきた。

 高齢者の生活保護費から安定的に家賃収入が見込める−。生活保護を受ける高齢者が増えるなか、空き室を埋めたい貸し手の思いが、生活保護受給者にとって高かったマンション住まいのハードルを下げた。

 保証人確保の要件が緩み、家賃も下がって受給者の住宅扶助費でも手が届くようになった。縁もゆかりもないワンルームへ高齢者が流れ着く仕組みが生まれた。

 快適な住環境を得ることができるようになった半面、意外な落とし穴があった。

 南区の民生委員の山下治雄さん(68)は7年前、生活保護世帯の一覧表をもとに受給者を訪ね歩いた。経済苦と高齢、病気に、孤立が重なるワンルームマンションの入居者が数多くいた。

 「入居者同士にも、地域にも接点がない。いずれ大変なことになる」。予感は的中した。2009年度、地元学区で起きた孤独死8人全員がワンルーム居住者だった。今や担当地域で受給している29世帯のうち28世帯が単身でマンションに住む。

 下京区の高層マンションでは、民生委員が玄関のオートロックに阻まれ、見守り先の扉もたたけない。入居者の後ろについて玄関をくぐることもある。地元の民生児童委員協議会長の岡本芳子さん(77)は「せめて部屋の前に立てば気配も分かり、周囲の状況もつかめるのだが」と嘆く。

 11月17日。寒空の下、路上から部屋へ移った人を巡回して相談に乗っている「きょうといのちのネットワーク」代表の谷本千里さん(49)は、下京区のマンションの一室の呼び鈴を押した。訪問先は2年前に結成した時の倍以上の68人になった。大半が高齢者だ。

 扉を開けた関本晴吉さん(74)の顔がほころぶ。10年ほど路上で暮らし、4月に入居した。結婚歴はない。

 食事や手相の話が弾んだ後、関本さんが口にした。「ええ正月にしましょうや」。谷本さんが応えた。「おもち、のどに詰まらせんといてや」。2人がまた、笑った。

 住居を得ても孤立ゆえに生活がすさむ現実に谷本さんは直面してきた。体調管理がなおざりになったり、精神不安で不眠になったり。アルコール依存症に陥る人もいる。

 「支援は生活保護で終わりじゃない」。谷本さんらは、ワンルームで暮らす人と住民との交流サロンを催す取り組みにも力を入れる。「人とつながることで、命の存在感を一緒に確かめていきたい」

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【2010年11月23日掲載】