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(2)葛藤 赤裸々にノート7冊

認知症の母がつぶやいた 「もう、たたかんといて」
母の叫び声に眠れない日々が続く。心身の疲れをノートにしたためたとき、時計の針は午前4時20分を指していた

 荼毘(だび)に付される母に、京都市南区の花彌(はなや)満弘さん(55)は三つの言葉を手向けた。「迷わずおやじのところに行けよ」「これまで育ててくれてありがとう」。最後に。

 「暴力、ごめんなさい」

 8年前。母の異変が始まった。風呂に入っていないのに「入った」と言う。失禁が始まり、昼夜逆転した。食事は偏り、1日にショートケーキを五つ食べる日もあった。認知症だった。

 仕事で京都を離れていたため、他界した父の介護は母に任せっきりだった。「だからこそ母にはできる限りのことをしてやりたい」。25年近く務めたアパレル会社を辞め、在宅介護を始めた。「自分しかいない」。気負っていた。

 母は何時間も眼鏡や入れ歯を付けては外し、引き出しに入れては出すの繰り返し。注意したらののしられた。「おかえり」「よろしゅうおあがり」と言ってくれた元気なころの母はどこに行ったのだろう。深夜、パニックになって騒ぐ母のほおを思わずぶってしまった。

 ヘルパーも訪問医もいる。兄も時々、のぞいてくれる。でも、母と24時間一緒にいるのは自分だけ。

 思えば、ヘルパーと情報交換のために作ったノートに救われていた。ほぼ毎日つづった介護記録は7冊分。介護の苦悩や暴力への葛藤(かっとう)を赤裸々にぶつけた。

 〈食べたいものを聞いて、わざわざ用意したのにほとんど食べてなかった。私が切れて座いすとかばんを投げつけてやりました〉

 〈いいかげんにしてくれ、とペットボトル1本分のお茶(約1リットル)を頭からかけてやりました。飯くらい食わせろよ〉

 手をあげたのは憎しみからではなかった。頭で病気とわかっていても心がついていかない。要介護5となった母の言動と行動が理解できなかった。毎晩、ベッドから「くそがき」「殺せるもんなら殺してみい」と心ない声が聞こえる。疲れが心をむしばんだ。

 〈午前2時。大変なことが起こりました。リモコンを投げつけると左まゆの上に当たり出血。血で顔半分が真っ赤になったので慌てて救急車を呼び病院に行った次第です〉

 介護から5年が過ぎたころ。ベッドの母が誰に言うでもなくつぶやいた。「もう、たたかんといて」。消え入るような声だった。でも、しっかりと聞こえた。我に返った。手をあげることをやめた。

 今年8月24日。入院先で母の夕食の介助を終え、「帰るわ」と声を掛けた。いつもならテレビにくぎ付けの母が振り向いた。「ありがとう」。名残惜しそうに、そう言った。

 次の日、母は永眠した。84歳だった。前日に聞いた母の言葉を胸に今も自問を続ける。「死んで母親に会えたら聞こうと思う。ちゃんと介護できてたかって」

「虐待のない家」道遠く 打ち明けて 介護者の苦悩

介護者への調査を前に、学生や男性の介護者が聞き取りの練習に取り組んだ(11月10日、京都市北区・立命館大)

 京都市左京区の80代の女性が、パジャマ姿のまま市内の福祉施設に保護された。昨年4月。体はあざだらけ。恒常的な虐待が疑われた。

 市と市老人福祉施設協議会が運営する緊急入所システムの対象と判断された。きっかけは、女性が低体温症に陥り、病院に搬送されたことだった。同居する娘から全身に水を浴びせられ、深夜5時間近く屋外に放置されていた。

 娘は、一人で母親の介護をしていた。

 緊急入所システムは2006年に運用が始まった。生命に危険が及ぶ恐れがあると判断された要介護認定のある虐待被害者を一時的に保護する。市内を4ブロックに分け、特別養護老人ホームなど計58施設が順番に被害者を受け入れている。協議会によると、システムで保護した被害者は06〜09年度で80人に上る。

 しかし、在宅復帰という理想的な形で解決したのは5人。31人は保護状態が続いた。協議会の羽賀進副会長(58)は「保護が本当の解決ではない。在宅復帰につなげるため、介護する人への支援が必要」と指摘する。

 厚生労働省によると、高齢者に対する家族からの虐待の通報・相談件数は、09年度が2万3404件で、このうち1万5615件が虐待と認定された。いずれも年々、増加傾向にある。加害者の約4割が息子で、夫が約2割に上る。男性介護者が抱える問題の深刻さがうかがえる。

 京都では昨年、「男性介護者と支援者の全国ネットワーク」が発足した。今年6月には東京で、大学教授やNPO関係者らが、初の全国支援組織「ケアラー(家族など無償の介護者)連盟」を立ち上げた。高齢者だけでなく、病気やひきこもり、障害者などを介護する家族たちを支援する。

 連盟が250人にした緊急調査では「孤立を感じている」と答えた介護者は半数を超えた。虐待や孤立を防ぐため、介護者に負わせてきた身体的、精神的、経済的な負担を社会で支える仕組みを目指す。介護者支援法案の要綱案も作り、政策面の整備も進める。

 連盟は京都市山科区や東京都杉並区など全国5カ所で計2万人にアンケートをした。今後、聞き取り調査をして介護者の生活実態や必要な支援を浮き彫りにする。

 11月10日。北区の立命館大で、聞き取り調査に向けた研修会が開かれた。連盟の会員や大学生、男性介護者ら世代を超えた18人が集まった。「支援が必要だと気付いていない人や、10代の介護者もいる」。説明を受けた参加者は、2人1組になって介護者を想定した聞き取りの練習を始めた。

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【2010年11月25日掲載】