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(9・完)ただひたすら 耳傾ける

「和尚さん、もうあかん」 寂しさに添えず、悩んだ
使い込んだ織機の向こうで、石倉さん(左)が小西さんの話に耳を傾ける。はつらつとした声が織機のある土間にも響いた(11月11日、京都市上京区)

 折からの冷え込みで初霜の下りた朝。法衣に身を包んだ石倉真明さん(45)が、織機の音が響く京都市上京区・西陣の路地を抜け、檀家(だんか)の小西満寿美さん(74)の家に入った。

 小西さんは13年前に夫を亡くして以来、一人で暮らす。読経が終わった仏間で、小西さんは痛む足をさすりながら語り始めた。

 「夫は職人かたぎの人でなあ」。西陣織の仕事を教わった夫や、離れて暮らす子どもの思い出、テレビで見た西太后の話題…。饒舌(じょうぜつ)に昔話や近況を話す小西さんを石倉さんの柔らかな笑顔が包む。元気な声は織機がある土間にも響いた。

 石倉さんは4年前に妻の実家を継いで宝樹寺(上京区)の住職に就いた。西陣地域は、織物産業の空洞化に伴って若年層が周辺に流出し、高齢化が進む。宝樹寺がある翔鸞学区の高齢化率は31・9%、高齢単身世帯は19・2%に上る。地元の檀家は大半が一人暮らしのお年寄りだ。

 月命日のお参りに訪れると、檀家から「和尚さん、私はもうあかんわ」とため息が漏れた。一人身の寂しさにふれるたび、法話や極楽浄土を説いていた。

 3年前になる。檀家の女性が「具合が悪いんで来月の月参りは休ませて」と言った。彼女の顔を見ないまま半年が過ぎ、面識のない息子から電話が鳴った。「母が死んだので葬式をお願いします」

 「死以後の儀礼だけが僧が果たす役目なのか。彼女がつらく、寂しい時に寄り添えなかった」。この日以来、石倉さんの自問と苦悩は続いた。

 昨年5月、京都ノートルダム女子大特任教授の村田久行さん(65)から、高齢者や終末期患者の話に耳を傾ける傾聴を学ぶ機会があった。「聞くことはそれだけで援助になる」。説教が僧の援助だと思っていた石倉さんは、村田さんの言葉で目を開かれた。

 傾聴を学び続け、檀家を回る日は教えを説くより、お年寄りの声に耳を澄ませるようにした。檀家は織職が多い。集団就職や大部屋に住んだ修業時代を昨日のことのように鮮明に話す。買い物以外は外出しない女性が化粧をして石倉さんを待ってくれるようになった。

 石倉さんは6月、「傾聴僧の会」をつくった。宗派を超えて同じ志を持つ25人の若手僧が集まった。僧侶は、近親者との死別という、人間が抱える根源的な寂しさにふれる。傾聴僧は、お年寄りの話にひたすら耳を傾け、同時に、宗教者の在り方を問い続けている。

 石倉さんは僧の仕事の傍ら、私服で老人ホームを訪問して傾聴を実践している。僧として、一人の人間として、高齢者の孤独に向き合う営みを続ける。「人は人との関係の中で命の輝きを放つ」と信じながら。

孤独感介護保険の対象外 あなたも「話し相手」に

「おふたりに感謝、感謝。めいったらあかん、胸張って生きなあかん」。松川さんは自慢のてぬぐいを広げ、大矢さん(右)に笑顔を見せた(11月10日、京都市西京区)

 「誰かに話を聞いてほしい」「昨日から人としゃべっていない」。高齢者の仲間づくりを進める京都市上京区のNPO法人「シーズネット京都」が6月から毎月、高齢者向け電話相談を始めたところ切実な声が寄せられている。「健康」「終末期」をテーマに設定しても寂しさをめぐる悩みが4割近くを占める。

 相談員のシニアライフアドバイザー南橋康博さん(60)は「高齢になると家族や友人と死別し、生活範囲が狭まって人と話す機会が減る。悩みの根底には深刻な孤独感がある」と話す。

 社会的孤立は生きる意欲に影響を及ぼす。高齢社会白書によると、近隣と付き合いをしていない人の中で「生きがいを感じている人」の割合は6割、友人がいない人の中では4割にとどまる。

 高齢者施設や在宅支援の現場は、身体介助や生活支援など目に見えるケアが中心で「話し相手」は介護保険サービスの対象外。傾聴ボランティアの支援を受けている老人ホームの生活相談員佐藤弘毅さん(41)は「ゆっくり話を聞いてほしいと思う人は多いのに、職員は介助に追われ、一人を相手に1時間、話を聞く機会は年1度あるかどうか。この領域はボランティアが支えている」と話す。

 寂しさを解消する「心のケア」が制度の谷間に陥る中、お年寄りの話を聞く援助の輪は広がっている。

 足腰の衰えや外出意欲の低下で閉じこもりがちになり、地域のサロンやサークルにも出掛けにくい高齢者が課題になっている。内科医の大矢治世さん(59)は今春、20年に上る在宅診療の経験で「元気の素は話し相手だ」と痛感し、独居高齢者宅を訪れて話を聞く「りすの会」を立ち上げた。

 高齢者への戸別訪問は、訪問先の体調が急変した際に対応を迫られる恐れもあり、ハードルが高い。りすの会はケアマネジャーを通して訪問先の健康に関する情報を得て、複数で訪問する体制をつくった。民生委員や元ホームヘルパー、認知症の介護経験者など「話をしたいお年寄りが周りにいるのに相手をしてあげられない」と歯がゆさを感じてきた30人のボランティアが集まった。

 大矢さんは11月10日、女性会員と一緒に西京区の松川清さん(86)を訪れた。一人暮らしの松川さんは待ちかねていたように茶を並べ、娘がくれた手ぬぐいを広げた。「長生きしなはれ」の文字を見つけた大矢さん。「俺より長生きするんとちゃうか」と笑いで返す。

 「隣近所の絆を取り戻す」を理想に掲げる大矢さんの言葉は分かりやすい。「大事なのは、私たちの活動を見て寂しい人がいないか気に掛ける人が地域に増えることなんです」

=第1部おわり

 シリーズ「ひとりじゃないよ」へのご意見、ご感想をお寄せください。電子メールはminna@mb.kyoto−np.co.jp ファクスは075(252)5454です。第2部は子どもの孤立と支援をテーマに来年1月上旬に掲載します。

【2010年12月4日掲載】